さよなら恋心

 中学の時好きだった子が、自転車で目の前を横切った。

 会社に行くために家を出て、青空に目が眩んで立ち止まっていたら、風のように通りすぎていった。

 見間違いかもしれない。でも、面影のある無表情は、一秒あったかどうかもわからない時間でも、はっきりと目に焼き付いた。

 確信できた。

 話した内容も、声も、何一つ思い出せない。今の今まで、顔どころか存在すら忘れていた。なのに、今のは彼女に違いないと、心が沸き立っている。

 笑ってしまう。生きてたことが嬉しいだなんて。

 笑ってしまう。大人になった彼女に、少しがっかりしてることに。

 口許を手で隠して、歩き出す。

 自分の中に沸きだしたものが、はたしてなんなのか。それはわかりそうにない。上手く言葉に出来そうにない。

 きっとまた忘れる。それまで、浸っていよう。

 何も出来なかった後悔と、それでも胸が弾んでいた、あの頃。

 駅で彼女を探す自分に、苦笑い。

 この町から出よう。そう決めた。

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