大切な

 街中で、小さな女の子が泣いていた。


 このご時世、男が声をかけたら犯罪を疑われるかと思ったが、それで親が見つかればと、背中に汗をかきつつ、三輪はその子のそばでしゃがみこみ、話しかけた。


「どうしたの?迷子?」

 女の子は頷く。とりあえず、意思疏通は出来そうで安心した。

「お母さんは優しい?」

 女の子はまた頷く。「たまに怖い」と震える声で付け足すから、三輪は思わず笑った。


「そっか。たまに怖いのか」

「迷子になったから、怒られる」

「お兄さんが一緒に謝ってあげる」

「ほんとお?」

「うん。怒ってたらね」


 三輪は立ち上がり、辺りを見回す。

 不安げに何かを探している女性を見つける。きっとあの人だろう。


「あれは、君のお母さん?」

「お母さん!」


 女の子が駆け寄る。女性は安堵の表情で抱き締めて、そしてやっぱり怒った。

 助けを求めるように振り向いた女の子を見て、急いで駆け寄る。一緒に謝って、お母さんも謝って、一件落着。


「ありがとうございました」

「ありがとう、お兄さん」

「もう迷子にならないようにね。お母さんも、手を離さないように」

「ええ。もう二度と」

「おい、三輪」


 振り返ると、友人の筧がいた。


「電話中か?」

「うん。そう」


 三輪はちらりと親子の姿を探したが、影も形もなかった。

 三輪にはいつものことだ。


 どっちなのか、わからなくなることもあるが、どっちだろうと、放っておくことが出来ないから、関係ない。

 そう言ってくれたのが、他でもない筧だ。


 ぼかして聞いたから筧本人は三輪が見えることは知らないけれど、ずいぶんと、彼に助けられている。

 だから三輪は、伝えることにしてる。


「ありがとう、筧」

 伝わることの大切さを知っているから。

「いつも言ってるだろ、意味なく礼を言うなって」

「意味あるよ。友達でいてくれてありがとう」

「あーあー恥ずかしい奴だよお前は」

「照れてる?」

「うるせー」


 二人もまた人波に消えていった。



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