File No.2 マクドナルドな男

「イケメンメガネ君、さっきの面談どう思う?」


 うちのボス、結婚相談所エンジェルハートの所長、池上緋美子いけがみひみこ(35)が今日も質問してくる。

 そこは婚活カウンセラーの控え室兼会議室だが、別室に面談室が数ブースあって、池上所長の机の上のモニターに面談室の映像と音声が送られてチェックされてたりする。会員さんには見えないようにカモフラージュされた超小型監視カメラなのだか、これはもちろん、極秘事項である。


 彼女が三十五歳バツイチという情報を、この前の男性会員とのデート情報と引き換えに、先輩婚活カウンセラーの天宮萌亜あまみやもあさんから入手した。

 そんな情報入手したからといって、僕に何のメリットもないのだが、とりあえず、参考までに。


「マクドナルド、吉野家、サイゼリア、ココイチ、チェーンの居酒屋でも婚活の禁じ手だと言われてるのに、ファーストフード店を最初のデートの店に選ぶドキュン男が実在するとは思いませんでした。しかも、彼と交際中の瀬良亜美せらあみ(27)さんが意外と嫌がってないというか、ずるずる交際してるのは、やっぱり、マクドナルド君(28)の人柄でしょうか?」


 ついつい男性会員様のことを仇名で呼んでしまった。申し訳ない。秘密にして下さい。


「マクドナルド君! それ意外といいネーミングかも。それで行こか、イケメンメガネ君。マクドナルド君は、萌亜が担当してる会員さんだけど、確かに、その点については何度も注意してるが、年収300万円、チェーンの飲食店の店員らしくて、チェーンの飲食店に誇りを持っていて、そこは絶対譲れないポイントらしいのよ」


 まさかの回答が萌亜先輩から返ってきた。説得力満点の話ではあるが、婚活の基本としては、女性は最初のデートのお店で男性のセンス、価値観、経済力などを見抜いてしまうし、リーズナブルだとしても、それなりの雰囲気のお店に連れて行ってもらいたいと考える。女子会などでは彼氏のダメ出し案件になってしまう。


 中、高校生ならまだしも、それなりの収入があるなら、社会人なら女心を考慮してもらいたいし、つまり、女性経験さえも一瞬で見抜かれることになる。


 実は僕もそんなに女性経験はないのだが、姉ふたり、妹の四人姉弟きょうだいで、母親、祖母と同居で影の薄い父親と祖父、さらに幼なじみは女性ばかりという環境にいたので、夕食が女子会になることもしばしばだった。まあ、耳年増になるはずだ。


「確かに、マクドナルド君は人柄抜群だし、それはいいとして、瀬良亜美さんは現役CAで美人だし、医師、会社経営者など年収1000、2000万クラス以上の方々からオファーあるし、ちょっともったいない感じもするわね。それに、ここだけの話なんだけど、彼女は某大企業グループのお嬢様で、父親から勧められた政略結婚が嫌でうちに入会したのもあるの。父親への反発心もあるのかもしれないわ」


 と所長はおっしゃるが、妙に高額所得者が多いのは、うちの結婚相談所が西宮にあって、若干、金持ちの会員比率が高いからである。しかし、萌亜先輩はともかく、池上所長までさらりと会員様を仇名で呼ぶのはどうかと思うが。


「やっぱり、愛より金なんですかね。僕は愛というか、そうじゃない結婚もあっていいと思います」


 その時、少し離れた所にいる黄瀬事務員が左手を上げた。何か意見があるらしい。


「お金は大事だよ♪ お金は大事だよ♪ ご利用は計画的に」


 突然、有名な消費者金融のCM曲を歌い出した。彼女の気持ちは伝わってくるが、聞かなかったことにしよう。


「そうよ。お金も、大事よ」


 と萌亜先輩が現役主婦の実感のこもった声音で締めくくった。頷くしかなかった。




           †




「ついに、マクドナルド君と瀬良亜美さんが真剣交際に入って、すぐにプロポーズしてOKもらったそうよ。しかも、瀬良さんは同時交際していた巨大病院グループの父をもつ年収二千万の医者の御曹司の申し込みを断ってしまったそうね。イケメンメガネ君?」


 二週間後、萌亜先輩からまるで訃報のような声の知らせが届いた。

 瀬良さんの担当なので、僕ももちろん知ってはいたが、はじめて聞いた時は驚愕した。

 マクドナルド君のどこにそんな魅力があるというのか。僕もその秘密を是非、聞き出して参考にしたいぐらいだ。


「将来、数億の年収に化ける医者の御曹司に、年収300万円、チェーンの飲食店の店員のマクドナルド君が何故、勝てるんでしょうか? 萌亜先輩には分かりますか?」


「やっぱり、愛の力かしら。彼女から一緒にいると楽しい。マクドナルド君と一緒に苦労したいと言われたそうよ。何でも、瀬良さんのお父さんがラーメン店を経営していて、子供の頃、貧乏してたけど、両親が支えあって苦労して育ててもらって、その時、食べたラーメンが凄く美味しかったそうよ。マクドナルド君が自宅で作ってくれたラーメンがそのラーメンそっくりの味で感動したのが決め手らしいわ」


 あまりにいい話に、萌亜先輩の目にも涙が溢れていた。


「なるほど。子供の頃の苦労した想い出がお金の魔力に勝ってしまったんですかね」


 僕も思わずもらい泣きしていた。

 涙で霞んだ僕の視界に、左手をすっくと挙げる黄瀬事務員の姿が映った。


「黄瀬さん、どうしたの?」


「お二人が感動されてる所、申し訳ないのですが、実はこの話には裏がありまして、先日、我が社の銀行口座に一億円振り込まれまして、池上所長に問い合わせた所、謝礼金だというのです」


 どうも話が少しキナ臭い雰囲気になってきた。

 仕方ないので頷いて、先を促してみた。


「瀬良さんのお父さんは西日本横綱ラーメンチェーンの『ラーメン一楽』のオーナーで、マクドナルド君のお父さんは東日本横綱ラーメンチェーンの『楽天ラーメン』のオーナでして、マクドナルド君が瀬良さんのお父さんに弟子入りしてラーメンの猛特訓したらしいです。元々、瀬良さんが政略結婚するはずの相手はマクドナルド君で、彼は『楽天ラーメン』のライバルになるチェーンの飲食店で数年、武者修行していて、年収300万円は事実だけど、親はかなりの資産家な訳です。政略結婚を嫌がる瀬良さんにマクドナルド君がひとめぼれしてしまい、うちの池上所長が一策を講じて、その成功報酬が一億円ということらしいです」


 いや、それはそれでいい話だが、何か微妙な感じもするなあ。

 その時、事務所のドアが開いて、外出していた池上所長が帰社してきた。

 萌亜先輩が複雑な表情で池上所長を見ている。


「どうしたの? 萌亜ちゃん? イケメンメガネ君もぽかんとしてるし」


 池上所長が不思議がって聞いてくる。

 僕はあまりのことに言葉が出なかった。

 その後、瀬良さんもびっくりしたらしいが、そこまでしてくれたマクドナルド君に惚れ直したらしい。

 それも、ある意味、幸せなのかもしれないと僕も思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイコパス~婚活カウンセラー池上緋美子の極秘ファイル~ 坂崎文明 @s_f

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ