第四章 I burn everything to ashes. -7-
――時間は、ほんの少し遡る。
ずきりと頭の芯に走る痛みで、柊茅里の意識が浮上した。
「ん、……っ」
血で貼りついたのか、瞼を押し上げるのにも痛みがある。
記憶が混濁していた。
何があったのか。それを思い出そうとして、柊の視界がすぐ傍に落ちていた千切れたネックレスを捕えた。
それはかつての東城大輝から贈られたもの。
その中央に走る、溶けたようなひと筋の傷。
そこでうつろな意識が弾かれたように覚醒して、ぼやけた記憶が急速に呼び起こされる。
「大、輝……っ!?」
無理矢理に上体を起こして見渡せば、周囲は焼け焦げた瓦礫の山しかなかった。――レベルSのクラッシュがあったのだ。まともな建造物が姿を保っていられるなどと、そう思う方が間違っている。
嫌な予感がある。
そう。
たとえば。
五メートルくらい先に転がったそれがいったい何なのか、とか。
「……ぁ」
体中が重い。クラッシュを止めるため、無理矢理にフリーズさせられたのだろう。その影響でもう体には力が入らない。それでもずりずりと這いずって、その影へと近づいた。
それは、一人の少年だった。
息はかすかにある。けれど、それだけ。勝ち気に溢れた瞳は鎖され、もう一度開くかも分からない。
思い出す。
この手で撃ち放った電撃の槍が、彼の体を刺し貫いた瞬間を。
「あ、ぁ――……」
ずっと好きだった少年ではない。
ずっと憧れていた少年とは違う。
けれど、ここにいるのは東城大輝だ。
自分を守るためなんかに、恐怖を押しのけて立ち上がってくれた。
一緒に過ごせば照れくさそうに頬を赤くして、楽しそうに笑ってくれた。
どうしようもなくひどいことを言ったのに、それでも自分を守ろうとしてくれた。
どれだけ否定したって拒絶したって、それでも諦めずに手を伸ばしてくれた。
それは全部、目の前の少年がしてくれたことだ。
それを、柊茅里は一撃の下に薙ぎ払った。
「やだ、よ――……」
子供みたいなわがままが口の端から漏れる。
その体に手を伸ばすけれど、彼は少しの反応も返さない。
能力でバイタルをチェックすることももう出来ない。ただ弱まっていく鼓動だけが、指先から伝わってくる。
どうすることも出来やしない。憧れの少年に並び立つためだけに血反吐を吐くような努力を続けたのに、それは欠片ほどの役にも立たない。
「生き、てよ……」
彼を否定してもう一人の彼を求めておきながら、命も良心も犠牲にして彼を傷つけるだけ傷つけておきながら、そんな何もかもを捨て去り剥ぎ取って、彼女はそう呟いていた。
「もう何もいらないから……。ただ生きてくれれば、それで……」
どんなに呼びかけたって、奇跡なんて起こらない。
東城大輝の体は柊自身の手で内側からずたずたに引き裂かれている。生命維持に必要な臓器だってもう機能していないだろう。
ゆっくりと。
けれど確実に、彼の顔から生気が消えていく。
「た、いき……」
かすれる声はそこで終わり。
次の瞬間、東城大輝の体が大きく跳ねた。
「――え」
「退いてください。まだ終わってないんで……」
しゃがれたその声は、聞き慣れた少年のものだった。
「先輩に治せなくても、僕なら……」
振り向けば、神戸拓海が立っていた。自身の火傷も治そうとせず、その全身はひどく痙攣している。体中の全てのエネルギーをとうに絞り尽くしているのに、それでも東城へと手を伸ばしていた。
みるみるうちに、東城の呼吸が穏やかになっていく。
失われていくはずだった何かが、彼の中に取り戻されていく。
「どう、して」
オートファジーの応用か自分の命を削ってまでエネルギーを手に入れて、彼は東城を救う糧にしている。それほどの無茶をする理由など彼にはないはずだ。
所長はとうの昔に神戸の思惑を見抜いていた。病室で仲間に引き込まれた時点で、彼女も所長から神戸に関して詳しい事情を聞かされている。
だがこの場で東城を助けることは、聞かされた今までの神戸の行動と明らかに矛盾した。回復などさせずとも、神戸の手でとどめを刺すだけで彼の待ち望んだ構図は完成するのだから。
けれど、もう彼はそんな未来を捨てていた。
「どれほど身勝手か、なんて、分かってますよ……。かつての東城先輩を殺しておいて、今もこうしてあなたたち二人に牙を剥いておいて、こんなことで許されるはずがないですけど……。――でも、僕にも守らせてくださいよ」
震える手で東城の体に触れて、神戸は深く息を吸う。同時、もう一度東城の体が跳ねた。彼の体に触れていた柊の指先に、力強い鼓動が返ってくる。
「臓器の損傷の再生、血管の修復と輸血、完了しました。左肩関節の粉砕骨折や火傷、全身の創傷の治療もしたかったんですが……、これが、手いっぱい、でした……」
息も絶え絶えな様子でどうにか言い終えると、神戸の目がぐらりと揺れ、そのまま倒れた。浅いが呼吸もしているし、完全に全ての力を使い果たしただけなのだろう。
彼の力で、東城大輝は息を吹き返した。
――生きて、くれている。
東城の手を握り締めて、柊はどうしようもないくらいの安堵に飲まれて涙を流した。
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