第三章 I want you to never say die. -1-

 真夏の外気温のせいか、使い倒した筋肉のせいか、はたまた引き裂かれる度に能力で再生されたからか。全身が余蘊なく火照っていて、空調の効いた屋内が天国のようだった。


「……俺はもう動かない」


 太平洋沖に浮かぶ人工島(ギガフロート)。六角形に組み上げられたブロックの集合体は無機質だが、しかし心地よく吹き込む海風が自然を感じさせる。

 そんな不思議な調和が成り立つ水上街の、平凡なファミレスだった。

 能力の研究開発の時期もあり、能力者の最年長ですら二十代。人口の九割近くが一八歳未満というこのアリスラインで『ファミリー』なるものがあるのか疑問ではあるが、ともあれ低価格帯のレストランである。

 その広いテーブルの天板に突っ伏して東城大輝はどこか恨みがましく宣言するのだが、対面の柊は頬杖をついて呆れていた。


「いや午後からも訓練するわよ」

「嘘だろ……」


 もはや東城の声には力がない。

 ここ三日、午前も午後も呼び出されてはアリスラインの地下街で修行に励んでいる。

 能力というものが個々人で大きな差異があることもあり、体系立てた技術があるわけではない。だからこそ、ひたすらに柊や七瀬を相手に実戦形式で能力と体の使い方を自分で探って身につけるほかなかった。

 中学までは運動部に所属していて、今でも筋力トレーニングは欠かしていなかったことが救いだった。そうでなければ、炎を生み出して飛び回っている時点でバランスを崩し、まともに動けもしないでサンドバッグになっていただろう。――ただなまじ出来てしまうからこそ、修行のハードさが跳ね上がっているような気がしないでもないが。


「そういや神戸は?」

「少し残って整備してもらってる。レベルSの私とあんたが暴れ回ってたわけだし、午後の修行の前に少し片付けておかないと無駄な怪我が増えるじゃない? まぁご飯が終わるまでには合流するはずだけど」

「本当に午後もがっつりやる気じゃん……」

「当たり前でしょ。――神ヲ汚ス愚者との対戦は、間違いなく命がけなのよ。どれだけ準備したってしすぎることはない。だらけてる暇なんてないんだから」


 さらりと正論で突き放され、東城は何も言い返せなかった。

 そもそもこの状況に東城が自分で首を突っ込んでいった。引き返すことだって出来たのに、それをしないで命を懸けると東城が選んだ。だからこそ、その責任は果たすべきだ。――その一端が、ここで文句もなく真摯に鍛練を積むことだろう。


「……悪かった。気が抜けてた」

「別にいいけど。――その代わり、午後は手加減しないから」


 ぞっとしないことを言われて、東城は肩を落とすしかなかった。東城の不真面目な態度のせいか、柊も相当機嫌が悪く見える。


「まぁまぁ大輝様。今は昼食ですわ。午後のことは一度忘れて、しっかりとリフレッシュいたしましょう?」


 東城の横にぴったりとくっついて、七瀬七海はにこやかにほほえんでいる。見れば、既にテーブルの上には注文したものがずらりと並んでいた。

 アリスラインでの食材などは地上から上手く偽装して買いつけているらしい。ここに並んでいるものもそうやって入手した業務用のチルド食品だろうが、むしろそんな企業努力の結晶がまずいわけもなく、その湯気一つでぐぅと腹の虫がなる。


「腹は減ってるけど、もう握力とか結構限界なんだよな……」

「なるほど。では――……」


 そう言って彼女はナイフを手に取り熱い鉄板の上のハンバーグを切り分けると、その一切れをフォークに刺して東城の口元に運んだ。


「……なんです?」

「あーん、ですわ」


 にこにこと楽しそうに七瀬は言う。――この状況で、対面の柊の顔色をうかがうことさえ東城には怖い。


「食べる。自分で食べる」

「鉄板はお熱いですから、そんなおぼつかない手つきでは危ないですわ」


 フォークを奪おうとする東城だが、七瀬はしっかりと握り締めたまま決して離さない。いっそ執念じみたものすら感じる。


「ほら、これでは冷めてしまいますわよ」

「それはお前のせいだからなむぐ――っ」


 言い切る前に開いた口にねじ込まれる。口元がソースで汚れた感じがして少し気持ちが悪いが、疲れた体に濃い味ががつんと響き、空腹の体に染み渡るような感覚がその程度のマイナスは簡単に吹き飛ばしてしまう。


「隙ありですわね」

「俺の知る『あーん』には隙とか油断とかいう概念はないと思うんだ……」


 にこにこと満足げな様子の七瀬に東城は嘆息し、仕方なく口に入れられたハンバーグをもぐもぐと咀嚼する。

 そんな東城を、温度を失った視線が刺すように貫いていた。


「――たったいま、私は説教をしていたと思うんだけど、一分もたたないでイチャついてるとか、喧嘩売ってる?」

「どう見ても俺の意思じゃなかっただろ!?」


 白眼視とはまさにこのことなのだろう。十数年の人生でそうそう得られない視線を受けながら柊に訴えかけるが、聞く耳はもってもらえそうもなかった。

 そんな柊の様子に、七瀬はふっと不敵な笑みを浮かべた。どこか挑戦的にも見える。


「あら、嫉妬でしたらあなたもなさればいいのに」

「やらないわよ。――やってほしかったわけ?」

「黙秘します……」


 一瞬想像して顔が赤くなったが、プレイボーイの四ノ宮と違って東城にはそれを素直に言えるような余裕などない。かといって拒否するなどという自分の心に嘘をつくことも出来ず、情けない返答をするしかなかった。

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