第二章 I don't want to die yet. -7-
アリスライン自由都市・地下街。
そんな地下街はアリの巣状の構造になっており、それぞれの階層が居住区や商業区、管理区などの分けられた役目を担っている。
そして、現在建設途中の新居住区、まだ灰色のアスファルトの壁が並ぶだけでマンションはおろかまともな建造物もないその空間に、東城大輝は連れられていた。
独特の浮遊感のようなものに軽い乗り物酔いに近い感覚に陥って、彼は口元を押さえている。
「……街の移動の
「アリスラインじゃ電車とかタクシーみたいなものだから、頑張って慣れてよ。これ使わないと街から街への移動は物理的に不可能なんだし」
「というより、嫌でも慣れるとは思いますが」
「うん? それどういう意味だ?」
聞き返す東城に、しかし七瀬は曖昧な笑みで答えるばかりだ。
「さて、とりあえず一段落したし場所も変えたし、本題に入ろうかな」
「……これからどうするか、って話だよな」
「そうですね。そもそも研究所を相手取るには、最低限アルカナの力が必須。けど半数近くは非協力的で、協力してくれそうな能力者も『万一に備えての防衛』に当てておく必要がありましたからね。――そして僕と柊先輩だけでは、東城先輩を守るので手一杯。どうしたって身動きが取れなかった」
「けれど、その状況はもうない、ということです」
そう言って七瀬は自分と、そして東城を指さした。
新たに加わった戦力はアルカナと最強の能力者。そして何より、東城を守り続ける必要のなくなった柊や神戸も自由に動ける。
「二年も待った。正直言えば、こんなに万全の状況が整うなんて考えてもみなかった。だけどこれでようやく攻勢に出ることが出来る。――だからまずはその前に、きちんと情報の共有をしておこうって感じね」
柊は指を一本立てた。
「はっきり言うけど、研究員たちに私たちを押さえつける術はほぼない。首輪さえないのなら、レベルBの能力者で十分。だけど私たちがそれでも動けなかったのは、一人の能力者が向こうにいるから」
一人。
たった一人。
それだけで、このアリスラインに住まう全ての能力者を戦力外にしなければいけなかったと、彼女はそう言っている。
「能力名は
聞いたのはその能力名だけ。
だというのに、それだけで東城の心臓は胸の奥で暴れている。今すぐにでも逃げ出せと、そう叫ぶかのように。
「あれは、そうね。さしずめ最凶の能力ってところ。なにせ肉体操作能力者の頂点だもの。際限なくその能力を振るえば、所詮『ヒト』でしかない私たちに勝ちの目はない」
そして、彼女は言う。
「あんたの命を奪った能力者、って言えば分かる?」
血が、逆流した。
煮えたぎり吹き出す怒りのような、あるいは絶望を前にした悪寒のような、そんな支離滅裂な感覚が東城の全身を呑み込んでいた。
「そんな馬鹿げた能力者が、研究所の味方をしている」
金属の擦れるような、そんな音がかすかにした。
気づけば顔を伏せていた柊が、潰してしまいかねないほど強く首元のネックレスを掴んだ音だった。
そこにどんな意味や感情があったのか、東城には分からない。けれど彼女はすぐに表情を立て直して、その端麗な顔を上げていた。
「今さら『どうする』とは聞かない。あんたが昨日立ち上がった時点で、そういうのはもう意味ないって諦めてるし」
「……おかしい。そこは俺の覚悟に感動したり惚れたりするべきなのでは」
「バカにつける薬はないなって思い知って感動したわ」
心底呆れた様子の柊は、しかし真っ直ぐに東城を見つめていた。面の皮をそぎ落とすように視線は鋭く、その覚悟を見定めるかのようにじっと。
「……怖くないっていえば嘘になる。だって、こっちはただの高校生だ。――だけど、それでも引けるかよ。その代わりにお前や七瀬が傷つくって分かってるのに。顔も知らない能力者が虐げられ続けるって知ってるのに」
「ならいい。――その言葉、絶対に覆さないでよ」
釘を刺し、彼女は東城から距離を取る。まるでボクシングの試合で互いがコーナーに立つかのような、そんな間合いだった。
「……どうした?」
「神ヲ汚ス愚者を相手にただ突っ込むんじゃ死にに行くようなもの。二度もあんたを失うわけには絶対にいかない。とは言え、じゃあどうすればいいのかっていうと難しい」
東城の問いに答えず、柊は続ける。
「策を立てようにも、相手は最高位の肉体操作能力者。その力があれば相手の鼓動や呼吸、視線からも心理状態や思考を読み取れるかもしれない。下手に作戦を立てたところでばれると、無意味になっちゃうどころか逆手に取られかねない」
「だ、だから……?」
「真正面から力でねじ伏せるしかないってこと。だからそれには何をしなきゃいけないか、っていう話ね。――相手の戦いは、毒とかの搦め手もあるだろうけど基本的には超速再生と身体強化の二軸。大輝を殺せた以上それだけで済むとは思わないけど、少なくともそこに対応できない限り奥の手すら出させられない」
途中で自らの言葉に少しだけ顔を歪めながら、柊は冷静を装って言った。彼女のデコルテで金色の紋様が浮かび上がって、美しい金髪の隙間から青白い火花が散るのが見える。
「さて、ここで改めてさっきのあんたの質問に答えるわね。嫌でも瞬間移動能力に慣れる理由。――簡単だけどね」
瞬間。
閃光と共に何かが駆け抜けた。
それに遅れて後方で爆発音がして、パラパラと砂塵が落ちる。――電撃の槍だと、ようやく気づいた。
「ここなら暴れても問題ない。誰の財産でもないし、直すのだってすぐ。しばらくの間貸し切りにしたから、ここに通い詰めてもらうことになる」
「はい?」
「修行よ。――分かりやすいでしょ?」
にっこりと。
全身から紫電を迸らせて、柊は言う。
「私の心配を振り切って一七〇〇の能力者を救うとまで豪語したんだし。まずは最低限の体は作ってもらわないと話にならない」
「えっと、その、出来れば座学から……」
「実践が一番。死ぬまでに、燼滅ノ王の使い方をその体と脳みそに叩き込みなさい」
全身から放電を撒き散らして、レベルSの霹靂ノ女帝は暴れ狂う。若干、東城が軽々しく命を張ってしまっていることに怒りを抱いているような気がしないでもない。手心なんて微塵も期待できなかった。
「な、七瀬さん! 助けて、超助けて!!」
半ばすり寄るような形で傍らの七瀬にしがみつく東城。――が、七瀬は昨日嫌というほど見た、あの作り上げた笑みを浮かべていた。
「申し訳ありません、大輝様」
言って。
彼女のうなじに青い光が灯り、右手で生み出された水が蠢いてあの透明な水のランスが握られる。
「わたくしも柊茅里と同じ側でして。――わたくしたちを救ってくださるのでしょう? であれば、その為の努力を惜しまれては困ってしまいますわ。大丈夫、わたくしもきちんとお手伝いいたしますから」
気づけば、彼女の背後には無数のランスが生み出されている。紛れもなく初手から全霊を注いだ臨戦態勢だ。お手伝いの方向が確実に柊と同じだった。たぶん死ぬ。
「神戸! このスパルタたちをどうにか止めて!」
「ごめんなさい先輩。僕もまだ死にたくないです」
先ほどの意趣返しとばかりに神戸はあっさりと見捨てていた。因果応報だろう。
レベルS、たった三人の最強の一角を背負う霹靂ノ女帝の柊茅里と。
レベルA、その中でも最も頂点に近づいた波濤ノ監視者の七瀬七海。
二人の少女がにこやかな笑みを浮かべて、人一人を殺すことにさえあまりにも過剰なその全力をもって東城大輝へ迫る――……!
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