第二章 I don't want to die yet. -6-

「ちょっと休憩にしようぜ……?」


 一時間の間振り回され疲れ果てた東城のそんな発言により、現在地は天空街の商業区、そのアイスクリームショップだった。

 東城の手元にはカップに入ったチョコアイス、そして丸テーブルを挟んだ向かいの柊はバニラアイスにチョコスプレーやアラザン、フローズンベリーなどが山のようにトッピングされたカップがある。


「本当にこれが能力者だけの街なのか疑わしくなってくるな……。そもそもどこにそんな金があるんだ、これ。こんな規模の街が三つだぞ」

「元々、逃げ出すときに研究所の予算を奪ってきたし。何億ってあったから、能力で人件費とか原材料費とか上手く抑えてやればなんとかなるものよ。能力者の演算力にものを言わせて株で運用できるし」


 さらりととんでもない言葉があった気がする。


「それ泥棒じゃ済まなくないか……?」

「研究所の予算ってことはどうせ私たちに使う予定だったお金なんだから、私たちがもらって何か問題ある?」

「無茶苦茶な理論だな……」


 とは言え、研究所の方がそもそも人権から何から全てを無視しているようなもので、東城としてもさして気にはしていない。

 気にすることがあるとすれば、こんなマクロではなくむしろもっとミクロな話である。


「…………えっと、そっちうまい?」

「それなりには。こういうのは地上のやつの方がおいしいんじゃない? あんま食べたことないんだけど、あの二桁の数字のやつとか」

「バニラだけなら大差ない気はするけど、これはこれでうまいと思う」


 なんとか会話をひねり出すが、上手く続けられない。しどろもどろにならないように必死で、どんな風に話せばいいのかすら分からなかった。

 なにせ、現状は二人きりである。

 まだ遊び足りない七瀬は荷物持ちに神戸を引き連れ、商業区の中心を練り歩いている。東城と一緒にいようとした七瀬だったが、自由という誘惑には勝てなかったようだ。

 休憩を選んだ東城は、まだ地理に疎いこともあって柊が一緒についてくれることになった。それがこの状況だ。

 二人きりで街の中、向かい合ってアイスを食べている。

 これが他の誰かならこんなに意識をすることもなかったのだろう。だが今は、彼女から柑橘っぽい匂いが漂ってくるくらいの距離しかなく、風になびく彼女の金色の髪一本一本までもが東城の心を揺さぶっている。平常心を保つことがこれほどに難しいとは思わなかった。


「どうかした?」

「なんでもない、です……」


 頭を冷やす代わりにアイスを頬張り、どうにか東城は火照りを鎮める。


「そんなに頬張ったら頭痛くならない?」

「超痛い……」

「バカなの……?」


 頭を抑えて悶え苦しむ東城を柊は呆れた様子で眺めている。どこか優しげで楽しそうな様子に、少しだけ胸の奥が満たされる。


「あ、そうだ」


 何かを思い出したらしい柊が、ポケットの中から何かを取り出して東城に差し出した。


「これ連絡用の端末ね。私たちと能力がらみで話がしたいならこれ使って。あとアリスラインに移動したいときも、これで瞬間移動能力者に連絡がつくようになってるから」


 そう言って柊は東城にぽんと携帯端末を一台差し出した。曰く「月額料金とかは気にしないでいいから。どうせネットとかには繋がらない連絡専用端末だし」とのこと、おそらく回線などが特殊なのだろう。

 東城がそんなにしょっちゅうアリスラインに来る用事があるとも思わないが、とりあえず素直に受け取っておく。


「そう言えば、お前は七瀬と一緒に行かなくてよかったのか? 随分楽しそうに服選んでたし、そっちの方がよかったんじゃ」

「……私と一緒が迷惑って意味?」


 曲解する柊に、東城は慌てて首を横に振った。その様子に柊はくすりと笑って「冗談だし」と悪戯っぽくほほえんでいる。


「ま、まぁ、普段は制服だしな。そんなに一度に買わなくてもいいよな」

「……ありがと。でもブラウス一着破れちゃったしね。直してはもらったけど、新調しなきゃかも」

「あぁ、一応塞いではいるけどちょっと目立つしそうして、くれ……」


 そんなことを言いながら、ふと東城の脳裏には柊の昨日の姿がよぎる。

 血にまみれた姿ではなく、その前。傷の手当てのために東城のベッドの上で横たわり、汚れたブラウスの脱がされた白い肌――……


「何を、思い出しているのか、言ってみなさい?」


 ぐり、と東城の喉――頸動脈にプラスチックのスプーンの柄を突きつけて、柊はにっこりと笑顔で言う。頬を少し赤くしながらも黒い怒気をまとうその姿に、東城はホールドアップするしかなかった。――が、そんな状態でも前屈みになっている柊の胸元に視線が吸い寄せられてしまう辺りは許して欲しい。


「どこ見てるのよ」

「いや、えっと、その、ネックレス?」

「何で疑問形?」


 ジト目で睨まれるが、東城もそこは強情に行くしかなかった。素直に答えて、先ほどの神戸のように電撃でも浴びせられたら東城では死にかねない。


「そのネックレス、たまに握り締めてるけど大事なものなのか?」

「……そうね。貰ったものだから」


 そう短く答える彼女の表情から、ふっと温度が消える。それは痛みを隠そうとして、そこにリソースが全て割かれてしまったようなもの。上塗りしただけで何もないから、そこにがあったことがありありと分かってしまう。


「もう一人の大輝からもらったものなの。まぁ形見みたいなものね」

「……そうか」


 けれど、東城にはそれ以上踏み込めなかった。踏み込んではいけないような気さえした。

 彼と彼女がどういう関係だったのかは分からない。聞く勇気さえない。

 彼と同じ顔をしている東城はきっと他の誰よりも彼女の心の柔らかい部分に触れてしまえる。――それは一歩間違えば、そこを深く深く、消えない傷を残すほどに抉ってしまう。


「別に気にしないでよ。――あんたは嫌かも知れないけど、こうしてあんたと話せるっていうだけでいくらか救われてもいるんだし」


 そうやって、先にほほえまれてしまえば東城にはもうどうすることも出来なかった。バツが悪そうにすることさえ。

 だから、ただ聞かなかったかのように明るく振る舞うだけだ。


「こんな俺でいいなら、いくらでも付き合うよ。まぁバイトもしてない真面目な学生だから、お茶の一つもおごる余裕はないけど」

「……ありがと」


 短く、少しそっぽを向いて柊はそう答える。その一つの受け答えにどんな葛藤があるのかも分からないが、それでも東城にはそれがどこか嬉しそうに見えた。

 それから咳払いをして、柊は手を叩いて立ち上がる。


「微妙に辛気くさくなっちゃったね。――いい時間だし、そろそろ七瀬たちと合流して本題と行きましょうか」

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