第二章 I don't want to die yet. -4-
眼前に広がる光景に、東城大輝は息を呑んだ。
澄み渡る蒼穹は手が届きそうなほど近く、汚れを知らない純白の雲は文字通りの目と鼻の先にあった。
断崖絶壁のその縁から下を見ても、視界に入るのは雲海だけ。本来あるべき陸地も大海もきれいに覆い隠されてしまっている。
「……これは、いったい……?」
「アリスラインの天空街よ」
自分の目すら疑いかねない東城に、柊はどこか自慢げに答えていた。
「上空一〇〇〇〇メートルを漂う浮島。能力者が光学迷彩やら気圧操作やらをかけて、誰にも見つかることなく不自由なく暮らせるように作り上げた街ね。――ちなみに、この縁から落ちたら普通に死んじゃうから普段は立ち入り禁止なんだけど」
「なぜそこに躊躇なく飛んできた……?」
喫茶店を出て、柊が瞬間移動能力者に連絡を取り飛ばされてきた場所が今の地点だ。街から間違って踏み込まないようにか、周囲は林に囲まれている。
「だってその方が信じてもらえるじゃない? だからわざわざ天空街にしたんだし」
「……待て、その口ぶりだと他にもあるように聞こえるんだが」
「あるわよ。太平洋に浮かぶ
あっさりと柊に言われて、いよいよ東城は目眩がしてきた。どれもこれも日常ではまずあり得ない、非現実的なものばかりだ。それを立て続けに並べられて「へー、そうなんだー」などと受け入れられるほど、まだ東城は一般的な感性を捨てていない。
「しょうがないじゃない。九〇〇〇人もの能力者がいるのよ? 身分をごまかすにしたって規模が大きすぎるし、能力が世間に露呈すれば、受け入れられるのか迫害されるのかもわからない。だったら、こっそり暮らすしかない」
「それもそう、なのか……? まぁでも、地上は国なり個人なりの土地しかないし、こっそりなんて無理か」
「そう。だから作った。三つもあるのはただのリスクヘッジよ。能力ありきの街の運営だから、どれにどんな障害があるかもわからないし。どれか一個が破綻しても回るように三つにしたら、三つとも上手くいってるっていうだけね」
そう言われると、途端に目の前の光景にも現実味が帯びてくるような気がしないでもない。
「それよりも大輝様。せっかく街に来たのです。少し見て回りませんか?」
「いや、なんか柊も話があるんだろ?」
「……いいわよ、別に」
こうなるとは分かっていたように、柊は少しだけため息をついてそう言った。
「柊茅里もこう言っていますし、早く参りましょう?」
はしゃいだ様子で七瀬は林道を抜けていく。おとなしい言葉づかいや、どこか高貴な立ち居振る舞いとはかけ離れた、年相応の少女らしい姿だ。
「……いいのか?」
「少しくらいならね。――二年間、余分に研究所に囚われていたわけだし。月一の自由日も、あんたを追いかけて私たちの行動を分析して、って費やしていたみたいだし。ようやっとの本当の自由にテンションが上がるのも分かるから」
「それもそう、だな……」
七瀬がどれほど自分を抑圧してきたのか、東城にはもう知るよしもない。だがあの様子を見れば、それをほんのかけらでも想像することはできる。
そんな能力者が、あと一七〇〇もいる。
「……救わなきゃな」
「そうね」
東城が密かに覚悟を確かめるそばで、彼女は小さくうなずいた。
もう『お人好し』とは、彼女は言わなかった。
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