第一章 I must protect you. -7-

「――もうよろしいですか?」


 呆れきったような声と共に、髪を掴んで顔を持ち上げられる。全身に負った傷が多すぎて、もはやその程度の痛みは感じられなかった。


「ま、だ……っ」


 それでも、抗うように柊は言う。

 周囲の壁は砕け散り、気づけば中庭らしい外に放り出されていた。それだけの攻防があって、しかし柊だけが一方的に追い詰められ、七瀬は無傷で立っている。


「不可能ですわよ。フリーズをご存じないわけではありませんわよね?」


 七瀬の言葉に柊は歯噛みするしかなかった。

 能力者である以上、それを知らないなどということはあり得ない。


「痛みにより能力の演算を阻害された場合、シミュレーテッドリアリティへのアクセスに障害が発生します。――よく耐えた、と言っておきましょう。ですが最低でも三十分ほどの間、あなたのその胸の刻印に光が灯ることはありません」


 七瀬の指摘のとおり、柊のデコルテに輝いていた金色の刻印はない。レベルSの能力者であろうと、それが使えなくなってしまえばただの人だ。

 眼前の格下にすら、爪を立てることも敵わない。


「あなたを殺すつもりはありません。これ以上無駄に邪魔をなさるのであれば、その限りではありませんが。――その首をギロチンにかけられているということはお忘れなく」


「あの高圧水流か……。悪趣味すぎるわね……っ」


 昨晩、東城の首を切り落としかねなかった一撃の正体を既に柊は看破していた。その事実に一瞬だけ七瀬は目を剥いたが、すぐに作った笑みを取り戻していた。


「わたくしは一七〇〇の能力者を救う。それが、唯一残されたアルカナのわたくしのせめてもの責務です」

「その為に、無関係な大輝を殺すってわけ……っ?」

「殺してもいいというのが研究所の指示ですが、その場合、研究所が私たちとの約束を反故にしてしまう可能性がありますからね。殺さずに無力化し、それを材料に先に私たちを解放するよう交渉するつもりです」


 簡単そうに彼女は言う。――だが、その交渉が成功すると本気で思っているとは考えられなかった。


「……可能なら、ってわけでしょ」

「全てをすくい上げることが出来るのなら、二年前、かの最強が死ぬことなどなかったとは思いませんか?」

「だからって、その命を勝手に選別できるほど、いつからあんたは偉くなったのよ……っ」

「何とでも。――あなた方が取りこぼしたものを救う。その為ならわたくしの手が血に染まる程度、何の問題にもなりません」


 七瀬の右手で水流が逆巻く。それは渦潮となり、まるで引き延ばすかのような手つきにより瞬く間に水のランスへと姿を変える。

 もう問答は無用だということだろう。これ以上柊が何かを発すれば、それを抵抗と見なして彼女はその命を刈るつもりだ。

 ――だから。



「させるかよ」



 業火が走る。

 とっさに手を放した七瀬と柊との間に線を引くように、紅の壁がそびえ立つ。

 あたたかいと、そう思った。

 その狂おしいほどの懐かしさを前に、気づけば、柊はこぼれそうになる涙を堪えていた。

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