第一章 I must protect you. -6-
何かが炸裂する轟音が響く。絶え間ない水音は七瀬の能力によるものだけなのか。――あるいは、柊が散らした鮮血なのか。
耳を塞ぎたくなるような音が響き続けていて、東城はその場にうずくまる。
かたかたと音がして、自分が震えているのだと突きつけられるようだった。
掌を見れば、柊に引かれたときにべっとりとついた彼女の血が少し乾き始めていた。どれほどの出血があったのかなど、考えるだに恐ろしい。
そしてそれは、東城大輝を守るためだけに彼女が負ったものだ。自分が傷つくことをいとわずに、彼女は自分を犠牲にし続けている。
「俺のせいだ……」
きっと柊なら否定するのだろう。何の責任もないと。燼滅ノ王と今の東城とは別人なのだから、と。
けれど、それは違う。
東城一人のために、七瀬たちは未だに自由を奪われている。
東城一人のために、柊は自らの命を懸けて傷つき続けている。
傷つく柊を助け、七瀬たちを救うには、自分がその首を差し出せばいい。それだけで全てが解決するのにそれをしないのは、間違いなく東城のせいだ。
だけど彼女たちのために命を捨ててやれるほど、東城大輝は聖人ではない。そんな風に自分をなげうつなんて出来やしない。
「何やってんだ……っ」
体は恐怖ですくんでいる。柊がこうして戦っている理由を考えれば、それを押してでも一刻も早くこの場を離れるべきだ。
分かっている。なのに動けない。
――声がするのだ。
それでいいのかと、脳髄の奥で自分にそっくりな誰かが必死に叫んでいる。
「いいわけ、ねぇだろうが……っ」
分かり切っている。だから、そう叫ぶ。
かつての燼滅ノ王と柊がどういう関係だったのか、東城は知らない。それでもクローンで何の関わりもないはずの東城を、彼女が命に代えても守ろうとしてくれることだけは揺るぎない事実だ。
彼女が東城と同じ高校に入学していたのだって、きっと東城を守るための一環だ。この数ヶ月ただのうのうと自分が生きている間に、彼女はこんな風に幾度となく傷ついてきたのだろう。
そんな彼女を見捨てるような選択だけは、絶対に選べない。選んでいいはずがない。
そんな彼女を守りたいと、本気で思えてしまう。
東城大輝は、そういう人間だ。
「――だったら、やるしかねぇだろ……っ」
震える足を殴りつけて、東城大輝は立ち上がる。恐怖に怯えていられる時間など、一秒だってありはしない。
「七瀬は俺を恐れてる。――俺が燼滅ノ王のクローンだから」
そこに何の能力もないのなら、そもそも研究所は東城を生み出したりなどしない。
知らないだけだ。錆びついているだけだ。東城大輝の中には、かの最強の超能力――燼滅ノ王が今なお眠っているはずだ。ならば、不可能など何もない。
ガチリ、と、撃鉄が起きるような音を聞いた気がした。
「柊を助けたい」
何を原動力にそんな感情が湧き上がるのかは知らない。ただ胸の奥が焼けたように熱くなるこの思いに背くなど、絶対に出来ないと思った。
「だからって、俺だって死にたくねぇ」
それは当たり前の感情だ。どこまで行こうと、東城大輝はただの高校生だ。そう簡単に命を捨てるような覚悟は決められない。
「……七瀬たちだって、救わなきゃいけない」
七瀬たち一七〇〇の能力者も、切り捨てられていいなんて筋が通らない。それを天秤にかけられるほど東城は偉くなったつもりもない。
だから。
答えなんて、もう始めから一つしかない。
それがどれほど高慢だって、それを掴むと決めたから。
「やってやろうじゃねぇかよ」
――体が熱い。
胸の奥に猛る思いを吐き出すように、東城は固く拳を握る。
「柊が傷つけられるような歪んだ正義も、七瀬たちが苦しめられるそんな現実も」
右目の周囲に鋭い痛みが走る。血が噴き出すような感覚と共に、そこがひどく熱を帯びる。
けれど鮮血はない。
あったのは、血のように赤い別のものだ。
「俺が全部、焼き尽くす」
大気を灼くほどの紅の色が、世界を埋め尽くすように上書きする。
猛り狂う紅蓮の業火を従えて、東城大輝は誓いを立てるようにそう吠えた。
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