血みどろの星


「はあっ...。はあっ..。」

「ねえ、もっと、もっと、もっと。」


ほら、またいつもの困り顔、そのくせ求めてくるなんて。そんなに顔を真っ赤にしてさ。


血みどろの星が、私を見てる。






私の名前は上山幹かみやまみき。21歳。一生懸命な性格が功を奏して、そこそこ名高い大学に入学した私は、サークル活動にゼミ、恋愛だって、一生懸命に取り組んできた。


そして今日から私は社会人だ。第一志望だった服飾を取り扱う会社に就職できた。これから私の社会人生活が始まると思うと緊張とワクワクで心臓が飛び出そうだった。


「みんな、おはよう。今日から入る新入社員の子を紹介します。」

「おはようございます。今日から皆様と一緒に働かせていただくことになりました、上山幹です。どうぞよろしくお願いいたします。」

簡単な自己紹介を終え、私はいよいよ社会人としての一歩を踏み出した。



日が経つにつれて仕事の要領もわかっていき、同僚や上司の方との連携もできてきた。とても働きやすくて良い会社だと思う。


.....あの人のことを除いては。


「星野さん、ここの生地が話し合ったものと違うようなんですが。」

「ええ?。幹ちゃんはあれでいいと思ってたの?。あんなセンスもないし機能としてもいいとこなしのあれはないでしょ?。」



星野聖羅ほしのせいら、24歳、私の上司。


「だから、もうやめてくださいって言いましたよね?。私たちはチームで動いてるってこの前も....。」

「だから、アタシが一番センスがあるって言ったよお?。実際アタシが手直しした商品はどんどん会社のベストセラーになるし。」

ブロンドの長ったらしい髪を耳にかけながら、私のほうも見ないで、社会人とは思えない言葉を放つ。


悔しいけど、先輩は私と三つしか変わらないという若さながら私たちの会社で一番優秀だ。仕事の速さ、質、センス。そして...。


「上山さん、いいんだって、聖羅ちゃんは。彼女の言ってる通り、業績も安定してるし、クライアント様の要望だってきっちりこなすんだからさ。」

「グループでやってるから、ちょっと悔しい部分もあるけど、聖羅ちゃんのセンスとマイペースにはほんとに敵わないんだよなあ。」

「そーそー、言っても治んないしね、せーらちゃんのマイペース。ガハハハ。」


社員さんたち、とくに男性社員が星野さんに甘い。

仕事ができるのはもちろん評価されてるだろうけど、なにより星野さんはびっくりするくらいの美人だから...だろうか。


「ほら、みんなもそういってるからさ、ね?。」

そういって、上目遣いの困り顔でようやくこちらを見てきた。また「この顔」だ。星野さんは私にいつもこの顔をしてくる。


私はこの顔が大っ嫌いだった。


この顔をみると、不快な感情が湧いてくる。破壊衝動、というものだろうか。こんなものに惑わされている自分も嫌い、という二重の意味で嫌いだ。


「...わかりました。勝手に変えるのはもういいです。でも、変更の際はせめて一言だけください。混乱してしまうので。」

「はーい。」


そういってまた作業に戻った。



私の唯一の悩みは星野聖羅とどう向き合うかということだった。うまくやれる自信がなかった。尽きないイライラとどう向き合うか、周りは頼れないし、もう慣れるしかないのだろうか。


我慢を重ねる日々。



そんなとき、ついに我慢の限界が来てしまった。


私は入社して初めて大きなプロジェクトを任されていた。自分の実力をアピールするチャンスだと思った。もちろん、厳しい指摘もこれからのキャリアに生かしていきたい。

そんなことを考えていた私にクライアントから返信が来た。


『これは素晴らしい。ぜひ、協力させてもらうよ。』


高評価を頂くことができた。私は天にも昇る気分で返信をしようとしたとき、送ったプロジェクトファイルが勝手に手直しされていることに気が付いた。


私のアイデアが、ほとんど変えられてしまっていた。名義は私だけど、私が手掛けたものではない。


もしやと思って、プロジェクトをサポートしてくださった先輩に聞いてみた。

「先輩、プロジェクトファイルって手直しとかされました?。」

「いいや、確認とってからは特には。ああ、ただ一応上山さんの初大仕事だから、社員のみんなには見てもらったよ。みんな褒めてたよ、これは良いってね。」


勝手に手直しをしてクライアントに送るなんて、きっとあの人しかいない。


私は星野聖羅のデスクの前に来た。


「星野さん、私のプロジェクトファイル、勝手に変更しましたよね?。」

「うん、したよー。クライアント大喜びだったでしょ?。あそこはああいうのが好きだからさ。手直ししてあげたんだよ?。勝手に変更、っていうと人聞き悪いなあ。」


また、あの困り顔をした。


私の堪忍袋の緒が切れた瞬間だった。


「...ちょっと来てください。」


星野さんの手首をつかんで、半ば強引に女子トイレの個室に入った。



もう衝動を抑えられなかった。



星野聖羅を便器に座らせて、私は彼女の綺麗な顔面に四、五回本気で平手打ちをした。


「なんでっ!そうやってっ!私の邪魔ばかりするんですか?。ねえ!いい加減にしてよっ!!。」


バシッ、バシッ、バシッ。


個室内に気味が悪いほどの良い音が響く。


気が付いた時には、彼女の顔は真っ赤だった。

唇は切れ、鼻からは血が出ていた。はたかれた後は真っ赤だ。


自分の手を見つめた。不思議と、直後には後悔はなく、爽快な気持ちになった。


彼女の顔を見ると、またあの困り顔をしていた。


少しして、しまったと思い、私は個室から逃げ出した。会社も退勤した。いくらなんでもやりすぎだったんじゃないか?。会社はクビになってしまうだろうな。星野さんは何も言えなくなってしまっていた。


自分ではない恐ろしい”自分”の片鱗を見た気がして恐ろしかった。



次の日、私は会社を無断欠勤してしまった。




「いやあ、珍しいね。上山さんが無断欠勤するなんて。大丈夫?。」

「本当にすみませんでした。」

「次からは、しっかりしてよ?。」


「ところでさ、上山さん、少し聞きたいことがあるんだけど。」

「...はい。なんでしょうか。」


「昨日、聖羅ちゃんがさ、顔に大けがして出勤してきたのね。上山さんなにか知ってる?。」


私は覚悟を決めていた。罪を償うしかないと。


「それは...。」

「だからー。階段から転んだだけって言ったじゃないですか?。先輩は心配性なんだから~。あ、それともアタシの失敗をみんなで共有したいの?。」


星野聖羅が、私の言葉にかぶせる様に出社してきた。


「聖羅ちゃんおはよ、やっぱそうなの?。」

「だから~。何回言わせるの??。」


私のことを庇った....?

なんで?


「じゃあ、アタシたちはこの前のプロジェクトを進めまーす。」

「あ、はーい。頑張って!。今日も残業なしで行こう!。」


「幹ちゃん、ちょっと来てもらえる?。」


一昨日とは逆に、今度は私が星野に女子トイレに連れられる形になってしまった。仕返しされるのだろうか、はたまた脅されるのだろうか。

怯えながら、私たちはこの前の個室に入った。


「あの...一昨日はほんとに...。」

「幹ちゃん、幹ちゃん、あのね、あのね。」


私が謝ろうとしたとき、彼女は私の手をぎゅうっとつないできた。あたたかい。


「アタシ、あんな風にされるの初めてで...最初はびっくりしたの。でも、ずっと待ち望んでた、これだ!、っていうか...。」


え...?


「アタシ、あの、ぶたれたとき、お腹の下のほうから体全体があったかくなっていくのがわかったの。恥ずかしいけど...ドキドキしちゃった。初めてなの、こんな感情。今まで付き合ってきたカレたちもこんなにドキドキさせてくれなかった。」

「星野さん...?。」

「つ、つまりね。アタシ、幹ちゃんにぶたれるのが大好きみたい。」


「アタシのこと、ぶって欲しいの。これからも。」


そういって彼女は、またあの困り顔で私を見てきた。



それから私たちは、危ない関係に陥っていくことになった。



「星野さん!また私の資料勝手にどこかに持ち出しましたね?。」


私の怒鳴り声が、”合図”だ。


「帰り、少し待っててください。」


「うわ~、また上山さんのお説教だ!。」

「星野さんもいい加減にしなさいよ。それじゃあ、私たちもう上がるから。あなたたちも早く上がりなさいよ。」

先輩たちがはやし立てる。会社の残業率はとても低い。


二人だけになったオフィス。星野さんは私を見つめてる。


「このっ...!!」


力を込めてまずは右手でビンタする。彼女の唇が切れる。彼女が向き直ると、またあの困り顔で求めてくる。

「もっと、もっと頂戴?。」


ゾクゾクっと、興奮が背筋を駆け抜けるのがわかる。

言われなくたって、何度も何度も何度も傷めつけてあげる。

たかぶりで頭がどうにかなりそうだった。



ひとしきり殴り終わった後、少し冷静になると、必ず後悔する。

何やってるんだろ、私って。


「今日の幹ちゃん激しかった~!。」

「その、ほ、ホントに大丈夫なんですか...。」

「だから、アタシがしてほしいんだってば。あの時殴ってくれなかったら、アタシ、こんなに気持ちいい事に気が付けなくて死んじゃうとこだったんだから...。」

露骨に震える表情を作る。星野さんは典型的なぶりっ子なんだろうなと最近分かってきた。私の嫌いなタイプ。



........でも、彼女に対する思いには、正直変化がある。


この不純な関係を結んでからというもの、彼女のめちゃくちゃにされた後のあの顔を見るたびに。

愛おしさ、のようなものがこみ上げてくるのがわかる。


恋をしてしまった...のかもしれない。大学時代の恋とは違う。

星の引力にひかれるように、恋に落ちたんじゃないかって。


「なにじーっとみてんのさ、ぶっさいくな顔。」

「...もっと殴ってあげましょうか?。」


やっぱり違うかも、何考えてんだろ私。


「でもアタシ、幹ちゃんの顔も性格もすき~、だよ?。」

また、あの困り顔。


私はおもむろに、星野聖羅の血みどろになった頬に手を当てた。


血みどろの星が、私の手の中にあった。

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いびつゆり~歪な百合はお好きですか?~ 巡 和樹 @Qaz_kids

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