世界で一番カッコいいあの子 後編
いよいよ明日は県大会初戦。
あきらちゃんが目標とする全国大会に一歩近づくためのステップだ。
「かなえ、いよいよ明日だね!緊張してきた〜。」
「あきらちゃんなら大丈夫だよ。またキャットトリプル?して勝っちゃおう。」
「ハットトリック、な。はははっ。よし、頑張るぞ。」
帰り道、あきらちゃんは確かに緊張してるようだったけど、同時にものすごい闘志を感じた。カッコイイなあ、あきらちゃん。
そして当日。
ハットトリックを意気込んでいたあきらちゃんは、序盤から積極的にドリブルで仕掛けていった。チームのみんなもあきらちゃんのやる気に応えるように、すごくスムーズに動いていた。
いよいよゴールまであと少し、そんなとき。
あきらちゃんを止めるために、後ろから危険なスライディングが飛んできた。
あきらちゃんは大きく転んで、起き上がることはなかった。打ち所が悪かったのか、ぐったりとしてしまっている。
許せない、相手チームの選手を殺してしまおうかとも思ったけれど、そんなことよりあきらちゃんが心配だと思い気が気ではなかった。
あきらちゃんはタンカで運ばれて途中退場になった。
そしてあたし達の学校は一回戦負けをした。
あたしたちサッカー部は試合後急いで病院へ行った。
「晶は大丈夫なんですか?」
部長である3年生の先輩が病院の先生に聞く。
「....彼女は、実はもう何度も同じところを怪我しておりまして。今回の怪我で、悲しいことですが....」
「選手生命を絶たれてしまったかもしれません。」
こんなことが許されるのか。誰よりも貪欲に世界一を目指していた、世界で一番カッコいいあの子が、もうサッカーできないなんて。
あきらちゃんはあたしたちの面会を拒否した。あきらちゃんのお母さんが言うには、「もう元気だから大丈夫。ただ、大会に負けてしまったことや退場してしまったことを悔やんで申し訳ないから今はまだ会えない」ということらしい。
それから1ヶ月、あたしとあきらちゃんは顔を合わせることはなかった。
そして1ヶ月たったある朝、あきらちゃんは突然学校へやってきた。松葉杖をついている。
「おお須藤!久しぶりだな、怪我したんだって?」
「晶ちゃん大丈夫?」
クラスのみんなが駆け寄る。
「ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと無理しすぎちゃってね、まあ、昔もよく怪我してたから慣れっ子ではあるのよ。ははははっ。」
みんなはよかった〜と言ってる。
だけど、あたしはわかる、明らかにあきらちゃんは落ち込んでいる。いつものあきらちゃんではない。
その日の部活にも来た。
「部員のみんな。本当にご迷惑おかけしました。私、もっと頑張りたかったです。」
「晶のせいじゃないよ。晶のおかげであそこまで立てたんだ。みんな、戻ってきてくれた晶に拍手。あの試合の晶は凄くいい動きをしてた。」
みんなが拍手をしようとしたその時。
「ごめんなさい。もう、部活を引退させてもらいます。怪我の影響です。今までお世話になりました。」
「.....そうか。」
「いや、そんなしんみりしないでください。みんな。まあ、私が残した成績はきっとこの学校の伝説になるでしょうね。あははははっ。」
無理に笑ってる。これはあたしだけがわかっているわけではないと思う。明らかだった。
「では、今までお世話になりました。」
そう言ってあきらちゃんは去っていた。
「ごめんなさい、あたし、帰ります!」
あたしは部活をほったらかして、あきらちゃんを追った。
「あ、あきらちゃん。」
「かなえ。ごめんね、今まで何にも連絡しなくて。心配かけちゃったかな。」
「すごく心配した、けどそれよりあたしは今のあきらちゃんが心配。」
「....少し話せる?また家に来てくれないかな。」
あきらちゃん、今までにないほどに落ち込んでいる。
「私さ、もうだめかもしれないんだ。かなえ。私、かなえの気持ちようやくわかった気がする。」
そういってあきらちゃんは静かに涙を流しながらあたしに語りかけた。
「私さ、サッカー以外なんにもない人なんだ。」
「そんなこと....。」
そんなことない、世界で一番カッコいいあきらちゃんは、いろんな魅力があるんだ。
「膝をケガするのはもうこれで三、四回目くらいで。倒れこんだときは、あー、またやっちゃったなあ、リハビリ頑張んなきゃなあとか思ってたんだけどさ。」
「担当の先生に、もう走ることはできないってさ。リハビリでかろうじて歩けるレベルにはなるらしいんだけど。」
「...ねえ、かなえ。私、何回も死のうと思ったんだ。」
あきらちゃんはそう言って、長袖のシャツで隠していた腕をあたしにみせた。
あたしの腕よりも酷い、深くて、大量のリストカットの痕がそこには沢山あった。
「あ、あきらちゃん!何やってんの?」
「かなえだってやってたじゃん、はははっ。」
「ねえ、かなえ。私と一緒に死なない?」
え?
「かなえのこと、無理に元気づけようとしてたけどさ。私、お節介で馬鹿だから死にたいっていう気持ちがよくわからなかったんだよな。」
「あきらちゃん、何言って...。」
「でも、わかったんだ。孤独感、無性に寂しい気持ち、悲しい気持ち。もう疲れたよね、かなえ。私も、サッカーのできない人生って歩んでても意味ないかなあって。」
そういうと、突然あきらちゃんは泣きながら笑い始めた。
「ふっ、ははっ、はははははははははははははははははっ!。この苦しみから解放されると思うとうきうきしてきた。ねえ、かなえ。私のこのマンションの屋上からだったら確実に死ねるみたいだから。今から行こう?ね!。」
そういって、あきらちゃんは松葉杖を持たないで部屋から出て行った。
その後ろ姿を見てあたしは。
もしかして、あたしだけは彼女を手に入れられるんじゃないかなんて思ってしまった。
屋上へ着くと、あきらちゃんは茫然自失って感じで立っていた。
「かなえ、1、2、3で飛ぶよ。」
「1」
「2」
「さ...。」
そう言ってあきらちゃんが前へ進んだとき、あたしは
彼女を全力で引き寄せて抱きしめた。
「あきらちゃん。あきらちゃんはサッカーだけの子じゃないよ。あたしのこと助けてくれたじゃん。鈍臭くてどうしようもないあたしに手を差し伸べてくれたよ。」
「かなえ....?。」
「あの時助けてくれたのは、サッカーやってるやってない関係ないあきらちゃんだったよ。」
「だから、まだ死なないでほしいな。こんなことあたしが言うのも変だけどさ。」
「あたしに頼っていいよ。あたしに寄りかかって生きていこう?。あたしとずっと一緒に生きていこう?。二人なら、寂しくないよ。独りじゃないよ。」
そう言いながら、あたしはあきらちゃんがやってくれたみたいに抱きしめながら頭を撫でた。
「うっ.....うっ....。」
あきらちゃんは号泣した。あたしをがっちりと掴んで。
だから、あたしはさらにわがままになってみた。
「あきらちゃんは世界一カッコいいよ。」
「...何言って...。」
「あきらちゃんは世界一カッコいい。今は辛いよね。でもさ、二人ならまた歩き出せるんじゃないかって思う。あたし...。」
「あたし、五十嵐香奈恵は、須藤晶ちゃんのことが大好きです。親友としてじゃなくて、恋人としてお付き合いしてくれませんか?。」
したたかだったと思う。
弱っている人間の心に漬け込むなんて最低だ。でも、彼女を手に入れられると思うと抑えられなかった。
「....私も、こんな不甲斐ない私のそばにいてくれるかなえが大好き。」
ああ、神様、本当にありがとう。
彼女からサッカーを奪ってくれて。
大きな絶望を与えてくれて。
屋上でひとしきり二人で抱きしめあって泣いた。
星が綺麗だった。
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かなえは私のこと、世界一カッコいい子なんて言ってくれた。
かなえは一生懸命な子だ。勉強も運動もできなくて、友達も私ぐらいしかいないみたい。本人もそうやって言っているくらい。
ただ、そういう不器用さを言い訳にしないで頑張っている姿は本当に素敵だ。
...自殺をしようとしたあの日。屋上でのこと。
絶望の中に堕ちた私を救ってくれたのは、紛れもないあの子だ。
鈍臭くて、いじめられっ子のあの子。
寂しくて手首を切っちゃうようなあの子。
孤独を叫ぶあの子。
世界で一番カッコいいあの子。
「ねえ、かなえ。今日も家来られる?。」
「もお~。あきらちゃんは甘えん坊さんだなあ。いいよ。」
「ありがとな、かなえ。」
あの事件以降、かなえは長かった髪を切り、性格も心なしか明るくなったような気がする。
私とかなえは恋人同士だ。今だって、いわゆる恋人つなぎをして下校をしている。
自分でもびっくりするくらいリラックスしている。
かなえが側にいてくれてよかった。
「ふふふっ。」
「ん?どうかしたの、あきらちゃん。」
「いいや、なんでもないよ。」
ああ、神様、本当にありがとう。
彼女を私の側につかせてくれて。
大きな希望を与えてくれて。
夕日を眺めていると、流れる雲がいつもより早く感じた。
明日は雨でも降るのかな。
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