世界で一番カッコいいあの子 中編

翌朝。あたしは起きられなかった。


起きられない、というより布団から出られなかった。正確には夜眠れなくて、かといって元気ってわけでもなくて、動けない。


ショックだと思う。あきらちゃんのことを想うと胸が苦しくて切なくて、涙も出てくる。


泣き疲れたからか、昼を過ぎた頃に眠くなったので寝た。夢を見た。あきらちゃんがゴールを決める夢。でも、駆け寄るのはあたしの方じゃない。男の人。誰だろう。


その人と付き合ってるの?ねえ。ねえ。

あたしのことはもう見てくれないの?

あたしはあきらちゃんのこと、ずっと見てるんだよ??

 




あきらちゃん....。






「香奈恵〜!。お友達来てるわよ。」



お母さんの呼ぶ声で目覚めた。

机の上の時計を見たらもう6時半を過ぎていた。


「お見舞いに来てくれたみたい。上がっても大丈夫?」

「う、うん。いいよ。」



「どうぞ〜。」

そう言ってお母さんはその子をあたしの部屋に招く。

「じゃあ、ごゆっくり〜。」


そこにはあきらちゃんが立ってた。学校帰りだったようで、いつものエナメルバッグを持ってる。


「あ、あきらちゃん、おはよ...じゃなくてこんばん...わっ!」


あたしが言い切る前に、あきらちゃんはあたしをものすごい勢いで抱きしめてきた。


そう、抱きしめてきたんだ。

すっごい良い香りがした。ずっとこうしていたいと思った。


「ど、ど、どうしたの?あきらちゃん。」

「今日さ。かなえがいなくて寂しかった〜。久しぶりに一人になったなあって思ったよ。体調大丈夫??」




そんなことないはず。あきらちゃん、モテモテだから。

あたしを励まそうとしてるのかな。

一人になった、って。

あたしだって。


「...あたしだって、一人になったと思ったの。」

「えっ...どうして?」

「あきらちゃん、先輩と付き合っちゃったら、あたしにもう構ってくれないじゃないかなあとか...。」


あきらちゃんのことを考えてたら休んじゃった、みたいな言い方になっちゃって、しまった、っと思ったけど事実そういうことだからなあなんて思ったりして。


「そんな!それを心配してたの?もう、かなえ。私はかなえから離れたりしないし、ずっとかなえのそばに居るよ?」


そう言ってまた強く抱きしめてくれた。

苦しいけど、このまま死んでもいいかななんて思ってしまった。


「あ...。ごめん、強すぎたね。」

「う、うん。でも、平気平気。」

「...かなえ。私断るよ。」

「え?ど、どうしたの。気になってたんじゃないの?」

「だって、かなえの方が大切だもん。しかも先輩のことよく知らないのに、付き合ったりしたら、なんか先輩に対して失礼かなって。お友達から始めるよ。はははっ。」



やった...。


あきらちゃんは、あたしを選んでくれた....!!。


「だからさ、かなえ。もう心配しなくていいよ。寂しい思いさせちゃってごめんね。」

「う、うん。あたしの方こそ、なんか、あきらちゃんの足引っ張ってるような...。」

「そんなことない。ただ、かなえの寂しがり屋にはちょっとびっくりかも。ははははっ。」


「じゃあかなえ、これ今日のプリント。ノートは学校で見せるよ。また明日ね。」


そう言ってあきらちゃんは帰っていった。


あきらちゃん....本当に優しい子だなあ。

世界一カッコいい、あたしの好きな人。



そして、あたしは完全におかしくなってしまった。あることに気がついたから。



あきらちゃんは、あたしを心配してくれる。あたしに構ってくれる。

あたしが寂しがったり落ち込んだりしてると、すぐに駆けつけてくれる。





もっと、もっと傷つこう。もっともっと構ってもらうために、もっともっと傷つかなきゃ。




あたしの頭の中はあきらちゃんでいっぱいになった。







あきらちゃんが座っていた私の布団の上を、あたしはワンちゃんみたいに嗅ぎ回った。もうあきらちゃんへの想いを止められなかった。


あきらちゃん、あきらちゃん、あきらちゃん、あきらちゃん、すき、すき、すき、大すき..........



その日はぐっすり眠れた。







この日からあたしはあきらちゃんになんとか構ってもらおうとどんなこともしました。



リストカットもその一つです。


「い、いたっ...」

いつもかなりざっくりいくので、血もたくさん出る。これが意外と綺麗なんだよなあ。すっごい痛いんだけどね。

切った後はさりげなくあきらちゃんにアピールする。まあ、わざとらしくしなくても彼女は気がついてくれる。優しいから。


「...また手首、切った?」

「うん。切った。」


そういうと必ずあきらちゃんはあたしの手を握りしめてくれる。

「こういうこと言うのは、良くないのかもしれないけどさ。まだ不安だったり寂しかったりするのかな、かなえ。」

「うん、なんか、孤独っていうか、寂しい。」


嘘ではない。



あきらちゃんがいない時、孤独を感じる。

あきらちゃんが誰かといる時、寂しい。



「かなえ、私何か力になれないかな?。かなえが自分のこと傷つけたりするの、私耐えられないよ。」

「ありがとう、あきらちゃん。こうしてくれそばにいてくれるだけで気持ちが楽になるよ。」

「本当に、なんでもするよ。...できることなら。」


ああ。これが、あたしを狂わせる。あたしを見てくれてる。あたしを守ろうとしてくれる。


「じゃ、じゃあ、ちょっと甘えてもいいかな?」

「ちょっとだなんて、たくさん甘えていいよ。そうだ、これから私の部屋行って話そうか?」


嬉しすぎて発狂しそうになったけど、なんとか興奮を抑えてあきらちゃんのお家に行くことにした。


「お邪魔します...」

「どうぞ〜。この時間、お母さんいないんだ。」


あきらちゃんのお家はマンションで、部屋もたくさんある感じだった。

あきらちゃんの部屋はサッカー選手のポスターとか、大会のトロフィーとかでにぎやかな感じだった。あたしのみすぼらしい部屋とは大違い。


そこからあたしたちは他愛もない話をした。次の大会でどうしたいとか、あの先生が面白いことを言ったとか。


「あはははっ。それは笑っちゃうのも仕方ないなぁ。」

「でしょ?おかしくってね。」


この笑顔をあたしだけのものにしたい。どうにかできないかなあ。


「かなえ、笑ってる方がいいよ。」

「え...きゅ、急にどうしたの?」

「いや、かなえが辛そうにしてると私も辛い。本当に、私ができることならなんでもしてあげたい...。もっともっと甘えていいよ?」


そう言うとあきらちゃんは、あたしをまたあの日みたいにぐいっと引き寄せて抱きしめた。ふわっといい香りがあたしを包む。そして頭を撫でてくれた。



「あきらちゃん...。こうしてくれるの凄く安心する。....大好き。」

正直な感想をストレートに言った。

「なんか恥ずかしいな...。でも、これで安心してくれるなら、私いつでもやるよ。ははっ。大丈夫、大丈夫だから。」


そう言いながらずっと頭を撫でてくれた。


この時間が永遠に続けば良いのに。


世界にあたしたちだけになっちゃえばいいのに。


あたしを仲間外れにするような社会。

あきらちゃんに近付こうとする汚い人たち。


全部いなくなっちゃえばいいのにな。







気がついたら夜の8時を回っていたので、あたしはあきらちゃんのお家を後にした。







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