世界で一番カッコいいあの子 前編

あの子が見てくれるなら、

あの子が心配してくれるなら、

あの子がそばにいてくれるなら、

あたし、なんでもできちゃうなあ。





あたしはとある県立高校の女子高生。一年生です。なまえは、五十嵐香奈恵。


突然ですが、あたしはおかしくなってしまいました。


自覚しているだけ幾分マシなのかなあなんて考えていますが、これには訳があるのです。


あたしには好きな人がいます。


須藤晶ちゃん、同じクラスの女の子です。


あたしとあきらちゃんは同じ女子サッカー部で出会いました。まあ、あたしはマネージャーなんだけど。


クラスが一緒なのに、部活に入るまで全く知らない子でした。

まあ、あたしがコミュ障で友達出来なかっただけなんだけど。(今でもクラスの人たちのなまえを全員は覚えていません。)


本当はなんにもしたくなかった、部活やれ部活やれって親がうるさくって仕方なく入った。あたしがどんくさいの知ってて言うんだから嫌だなあ。


マネージャーの中でもやっぱりどんくさいのが目立っちゃって、孤立、はてはイジメに発展しちゃった。最悪だった。


そんな時だった。


なぜか背番号10のゼッケンを絶対に譲らないおかしなあの子。


異常にサッカーに本気なあの子。


だけど、世界で一番カッコいいあの子が来たのは。



練習終わり、いつものように片付けをしていたとき。


「ねえ、アンタらさ、この子のことハブってるけどなんで?。」


「ハブってるっていうと人聞き悪いなあ...。」

「えっとねー、この子どんくさくて、仕事できないしお馬鹿ちゃんだし、つまんなくてさあ。」

「晶ちゃんもこういうモタモタしてる子、練習の邪魔でしょ?。」

なんで女子という生き物は3人1組で行動するのが好きなんだろ、これってあたしの高校だけ?


「あのなあ、私はアンタらみたいな、ハブったり、人のこと馬鹿にしたりする奴らが一番嫌い。この子はアンタらがお喋りしてる時だって、水筒洗ってくれたり、ゼッケンの洗濯してくれたりしてたんだぞ。真面目にやってる子を馬鹿にして、恥ずかしくないのか?」


「な、なによ。ちょっとサッカーできるからって...。」

「なんか感じワル。」

「テンション下がったわ〜。」

行きましょ、って捨て台詞を吐いて本当にどこかへ行ってしまった。

あとあとわかったことだけど、この後職員室に行って退部届を出して、本当に部活を辞めていった。


「"あの子"だなんて、なんかよそよそしくて嫌だな。ねえ、君。名前なんていうの?...って、ごめん、同じクラスだよね。」


あたしを助けてくれた、10番の子。振り向いたときにポニーテールが揺れ、こちらに顔を向ける。


特別可愛い、って感じじゃないけど、無駄なパーツがなく、すっきりした印象をした顔とスタイル。爽やかな感じがする。美しい。


くしゃっとした笑い方。さっきまで全力疾走してたから、顔には少し汗が見える。それがまた輝いて、すっごい綺麗。


「あ、え、えっと、い、五十嵐。五十嵐香奈恵です。」

「かなえ、ね。よろしく。私は須藤晶。あきら、って呼んでよ。」


こうしてあたしたちは友達になりました。


でも、これが、あたしがおかしくなった原因なんです。





あきらちゃんは真っ直ぐな性格で曲がったことが嫌い、周りからは頑固なんて言われてる。


でもあたしは知ってる。とても素直で優しい子なんだ。


「あきらちゃん、どうしていつも10番にこだわるの?」

「かなえ、本当にサッカー知らないのな。ははっ。」


眩しい笑顔。...ちなみにあたしはサッカーのルールはよくわからない。手を使っちゃダメなんだよね?


「10番っていうのはね、サッカーだとエースナンバーなんだ。」

「そっか、あきらちゃん上手だもんね。」


あきらちゃんは、控え目にみてもあたしたちの部活で頭一つ抜けて上手だ。ボールをすぐゴール前まで持っていて自分で点を決める。すごい。


「いやいや、私なんてまだまだ。エースナンバーを自分から付けたがるなんておかしいと思うでしょ?」

「まあ...相当自信がある...とか...?」

「実はね、かなえ。私、サッカーで日本一、いや、世界一になりたいんだ。だから、この私の異常な10番への執着は、"自分を縛る"って意味でこだわってるんだ。」

「ん...つまり...どういうこと...?」

「"10番を着けてる"んだから、もっと頑張らなきゃいけない。もっと走らなきゃいけない。もっと点を決めなきゃいけないって。自分で自分を鼓舞してるんだ。」


「だからまあ、みんなには申し訳ないけど、私は10番にこだわってる。練習にもこだわってる。熱が強すぎて周りから浮いちゃってんだけどね...はははっ。」


素敵だ。あたしはこんなに真っ直ぐで、自分の哲学、みたいなものを持ってる人に会ったことがなかった。


「でもさあ、かなえ。かなえは私のこと見ててくれたよな。」

「え?」

「あの日、あの3人組に絡まれてるところで声をかけてから。マネージャー1人になっちゃったけど...そこは本当にごめん。でも、かなえは4人のとき以上に一生懸命に仕事をしてくれて、私が練習しているのを熱心に見ててくれたよな。」

「き、気付いてたの?」

「いやー!あんなに見られてたらそりゃ気付くって、ははははっ。」


一生懸命やってたのは、あたしを助けてくれたあきらちゃんをサポートしたかったから。


熱心に見てたのは、あきらちゃんを見ていたかったから。



「ありがとなあ。かなえ。」

「ちょ、あきらちゃん。わわわっ...。」


その時、あきらちゃんはあたしの髪をわしゃわしゃっと撫でた。



運命だ。こんなにカッコイイ人に出会えるなんて。あたしの十何年間の人生でいちばんの幸福だ。





そこから、あたしはあきらちゃんに夢中になりました。




はじめの頃はあきらちゃんと一緒にいるだけで幸せでした。登下校も一緒。部活も一緒。クラスも一緒。

あたしとあきらちゃんは全然違うタイプの人間だと思うけど、それでも気は合った。むしろそれが良かったのかな?


ただ、時間が経つにつれて、あきらちゃんがなんだか遠い存在になっていくような気がしました。


あきらちゃんは大会でも着実に成績を残していきました。他校の先生や生徒も観戦に来るくらい、あきらちゃんはスター選手になりました。


もちろん、あたしの学校でも。


「晶!お前また地区大会決勝でハットトリックしたってマジか?」

「男子のほうに来いよ、お前胸もねえしバレねえんじゃねえか?ハハハ!」

「でも本当に凄いな須藤。今度は県大会だが全国も夢じゃなさそうだな。」

男子部員たちも晶ちゃんの活躍に驚いている。


「胸がねえは余計だろ...オイ。いやあ、ありがとう。みんなが戦術をちゃんと理解してくれてるからな。動きやすくて良いチームだよ!」


そして選手だけじゃなくて、"女の子"としても注目されるようになった。


ある日の放課後。部活終わりに教室に忘れ物をしたのに気がついた。

「ごめん、あきらちゃん。教室に忘れ物しちゃった。」

「オッケー。校門で待ってるから、取ってきておいで。」

本当に優しいなあ。


玄関から階段を上がって教室に入ろうとしたその時。


「なあ、最近須藤って...なんかこう、凄い可愛くなったよな。」

「あー!わかる!っつーかお前もそう思ってたんか?」

「あいつは昔からああいう感じじゃん。何を今更...」

「あれお前もしかしてずっと好きなの?」


クラスの男子たちの声が聞こえる。あきらちゃんについて話しているみたい。

なんだか入るのが怖くて、少し盗み聞きしているみたいになった。


「でも須藤ってサッカー部の先輩に告られたらしいぜ。」




え........?




あきらちゃんの魅力は、あたしだけのものじゃない。みんなだってわかってるんだ。












「...おまたせ。ごめんね。」

「おー、遅かったな。じゃ、行こうか。」


「ねえ、あきらちゃん。」

「ん?どうした、かなえ?」




「あきらちゃん、先輩と付き合うの?」

「え...なんでそれを...。」

「さっき教室に入ろうとした時、中の男子たちが話してたの。」

「な...そんなに噂になってるのか。」


あたしは見逃さなかった。あきらちゃんの顔が少しだけ赤くなったことを。


「ま、まだ決めてないんだけどさ。ただ、私的にはそういうのもありかなあと...。」

「....!?」


うそだ。

うそだ。うそだ。

あきらちゃん、誰かの彼女になっちゃうの?


「そ、そうなんだ....。」



その後の会話は覚えてない。









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