2.依頼者 死後道中記

「改めて、俺は堂々ヶ谷どうどうがたに 威風いふう明央めいおう大学 文化人類学部 民族学科で教授をしている。

細かい研究テーマなんて言ってもわからないだろうから今日は割愛するぞ」


黒の背景に白文字の特徴的な名刺、興味があるならいつでも来てくれと言い彼は

僕に渡す。


「なんで東京の大学の教授がこんなところに?」

「東京?ハッハッハ、東京と呼んでいいのかな?多摩は」

「まぁ山の中の大学ですしね、東京感は確かにありませんね」


豪快に笑う教授と意味深にニヒルな笑みを浮かべる師匠。

たしかに東京までは車で30分ほどの距離ではあるが・・・。


「今日は君に会いに来たんだ、タニシくん。あ、牛タンだろう。最初は。

なに、最初からホルモンを頼もうとしているんだ琴々君。タンだろう。タン。

若いから?かー、そうやってオジさんを苛めるのをやめなさい。脂っこいのは

厳しいんだよ!おぉい!」


マシンガンのように話し続ける教授。

注文をしたり僕に話しかけたり忙しい男だ。


「ああ、すまない。置いてけぼりだね。はじめは琴々君に頼もうと思った仕事

なのだがね、彼女は“霊”の専門と言うじゃないか。

“呪い”は君だと聞いてな。だからここに来た」


教授は全員の小皿に焼肉のたれを注ぐ。

元来気を使えない人間である僕はその様子をただただ眺めていた。

いや、気が使えたとしてもこの胡散臭い男に気を使うことはしなかっただろう。


「大学の教授なのに、そんな非現実的な話信じるんですね」

「ああ、俺は“妖怪”の研究もしているからね」


沈黙の中、届いた肉がじゅうじゅうと焼ける音だけが鳴る。


「答えになっていなかったかな」

「それだけでは信じる根拠にはならないでしょう」

「そうだなぁ、俺は“そんなもの”があってもなくてもどちらでも良いと考えている」


人数分焼かれた牛タンをトングで取り分ける教授。


「こんな研究をしている俺の元には色々な依頼者が来るんだ。無論、内容は様々だが

全ては非現実的なものだよ。

“それ”だと確信して実際に悩んだり、苦しんでいる人間がいたら、君はどうする。

病院に連れて行くか?警察に連れて行くか?

俺は違う。俺は“専門家”の下に連れて行くよ。

例えそれが詐欺師が相手だったとしても、俺は専門家に見てもらうのが

正しいと思う。だって、被害者本人は“あれ”だと思っているのだからね。」


もりもりと牛タンを頬張る教授。


「第一君もそうだと思うが“あれら”の専門家と名乗る以上99%疑われる商売だ。

俺に不信感を抱くのもわかる。俺も俺の商売を君に理解させられる自信はないしね」

「というと?」

「君は“呪い”の専門家らしいが。俺は全く別ジャンルだ。

被害者以外に解呪の方法を語って納得させられるか?

できないだろう。俺だってそうだ、いかに“これ”への対処が明白な、そうだな

このこぼしてしまった焼肉のタレを落とすのに必要なクリーニングだと、その

手法を事細かに訴えても信じていない者には鼻から理解は得られない。」


打つ茶色くなったワイシャツを得意げに見せる。

そのおちゃらけた態度とは別に、瞳にウソはなさそうだと少しだけ感じた。


「だから俺は君の仕事を見て本当に“呪い”が解けているかの判断も出来ない。

だけど君を紹介する。それは俺が信頼する俺の研究室の俺の生徒がお前を推すからだ。

それが詐欺師だったとしても、だ。」


ちらりと師匠をみると照れくさそうにはにかむ。


「まあ、詐欺師はなるべく紹介しないようにはしているがな!ハッハッハッハ!」

「・・・」


息をつき、肉を頬張る。なるほど確かに旨い。


「琴々さんは詐欺師ですけどね」

「おいおい、タニシ君。君ねえ」


笑顔で肩を殴られる。


「ハッハッハッハ!肉に手をつけたということは俺への不信感は少しは拭えたといった

ところかな。じゃあ早速仕事の話だ。お姉さん牛タンもう二人前追加!ちょっとごめんよ」


教授は携帯電話を取り出すと席を立った。


「胡散臭い人だろ?」

「師匠に負けず劣らず」

「でも本物だ」

「さいですか」


############################


教授が二人の女性を連れてくる。


「紹介しよう、冥府めいふ転輪てんりん君と黄泉よみ輪廻りんね君だ」


「はじめまして」と黄泉と呼ばれた長い黒髪の女性は頭を下げ、

冥府と呼ばれた耳かけボブカットの女性は軽く会釈をした。

覗かせる耳には数々のシルバーのピアスが痛々しく突き刺さっている。


「・・・本名?」

「ハッ、そんなわけないでしょう」


冥府が笑い飛ばす。

目元のメイクが濃いせいかすごい迫力だ。

それとは対照的な黒髪ストレートの黄泉は気まずそうにはにかむ。


「彼女達はロックバンドをやっているんだ。そこでの名乗り名だよ」


教授の補足。

本名は秘密らしいよと、隣に移った師匠が耳打ちする。


「さて、君達が来たのは一週間ほど前だったか。えーっと案件としては」

「それはウチが話します」


黄泉の独特なイントネーションが気になる。

関西弁のような、でもどことなく違う感じだ。


「ウチら二人“死後道中記ファントムペイン”って名前のバンド組んどってな、かれこれ

三年くらいやろか。ライブハウスとかで活動してて、それなりに知名度も

あがってきたんやけど」


なんて名前だ、漢字とルビがここまで違う名前をはじめて聞いたぞ。と思いながら肉をつつく。


「最近、ストーカーに付きまとわれててなぁ・・・」

「・・・は?」


肉を焼肉のたれに落とす、ぼちゃん。

汁が飛び散り師匠が呆れながらナプキンを手渡す。


「それは・・・それこそ警察の厄介になったほうが・・・」

「違うんや。ごめんごめん、ええとな結論を早く言いすぎたな・・・。

ストーカー言うんは、冥府ちゃんも同じストーカーにつけられてるっぽくて・・・」

「同一犯なのでは?」

「真面目に聞く気、あります?」


ドスの聞いた声。

冥府に迫力のある顔で睨まれる。

ああ、これこれ。僕がクラスで孤立する理由の一つ。

面倒ごとを嫌って会話を早く終わらせたがるこの癖だ。


「続きをどうぞ」


眼力に根負け。


「うぅんとな、同じって言うんは同じタイミングで同じ奴を見とるんよ。

例えばライブ終わりの別々の帰り道の後ろに気配を感じた瞬間とか、あとは・・・」

「ライブの最中ですね」

「最中・・・?そりゃいるでしょう。貴方達のストーカーなんだから」

「うぅん、こればっかりは実際に見てもらわんとわからんかもなぁ」


黄泉はこめかみを押さえる。


「あのな、ウチらの代表曲で“篭目”って歌があるんよ。

かごめかごめって知ってる?」

「ええ、そりゃ」

「歌詞わかる?ウチらの歌ロックで曲中にその歌詞全部を歌うパートが

あるんやけど」

「かごめかごめ」


髭面の男が歌い始める。


「かごのなかのとぉりは

いついつでやぁる

よあけのばんに

つるとかめとすべった

うしろのしょうめんだぁれ


かごめかごめ

かごのなかのとぉりは

いついつでやぁる

よあけのばんに

つるとかめがすべった

うしろのしょうめんだぁれ

・・・だろ?」


髭面の男が約一分間、かごめかごめを歌いきるのは不気味な絵面だった。

しかし当人は得意げな顔。周りの沈黙の中よく歌いきったものだ。


「そうそう!先生うまいなぁ。それを、まぁロック調で歌うわけなんやけど。

そのパートがウチらの楽曲の中で一番盛り上がるんよ。観客も一緒にうたえるやろ?

みんなしっとる歌やし」

「それで会場中が渦のようなモッシュ状態になるんです。

アタシらが“かごめかごめ”ってパートのところで、互いに、こう

目隠しをして」


冥府と黄泉はライブ中の様子を再現する為に椅子から立ち上がり、対面する。

そして腕を交差させながらお互いの瞳を掌で覆う。


「“うしろのしょうめんだぁれ”で振り向く。ってのが最大の見せ場」

「そうそう、ありがとな。冥府ちゃん。」

「そこに何の問題が?」

「その“だぁれ”で見つめる先にストーカーがおるんよ。お互い逆方向みとるんやで?」

「ええ、ここ三回のライブ連続で」


教授がわざとらしく震えるジェスチャーをする。


「タニシ君、診てあげてくれない?」

「・・・いいですけど」


僕は彼女達を見つめる。

瞳に覆いかぶさっていたコンタクトレンズを取るイメージ。

悪意を、欲望を、嫉妬を、情念を、呪いを、見ろ観ろ視ろ診ろ。


彼女達に粘るようにまとわりつく黒い靄。

べたべたと、陵辱するようにまとわりついている。


「どうだい?」

「・・・呪われてますね」

「おお、やはり今回の事件は“呪い”なんだね」


教授は何故かガッツポーズを取っている。


「じゃあ、タニシ君。後は頼んだよ。なに、会計の心配ならするな。もうすませてある」

「はい?」

「ハッハッハッハ、後は若いものだけで」


教授は足早に立ち去ってしまった。

僕も急ぎ席を立ち、逃げようとするも腕はがっしりと師匠に掴まれていた。


「この呪いの解呪の御依頼、このタニシ君と私が確かに承りましたわ」


笑顔で師匠が勝手に答えていた。

最悪だ。

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