かごめかごめ

1.琴々閑雲

「かぁごめかごめ」


ある夏の日、もう何年前のことだろう。

平穏な日々。

僕たちを焼き殺すような日差しの中、瞳は楽しそうに鞠をける。


「かぁごのなかのとぉりぃは。

いついつでぇう」

「何度いえばわかるんだよ。でやぁる。だって」

「ふふふ、であぁう。でいいの。」


瞳は鞠をける。

なんでだよ、と問いかけても返ってくるのはくすくすと笑う

声だけだ。


「うしろのしょうめんだぁれ。んー・・・おにいちゃん!

あはははは!」

「ふたりでかごめかごめは出来ないっていってるだろ」


遊び方も何もないそのじゃれ合い、僕は嫌いではなかった。


############################


「タニシくん」


オンボロアパートの扉が開く。

ついに壊れたアパートのドアノブは最早ドアの意味を成しておらず

引けば開き、押せば閉じる壁と成り果てていた。


四畳半の狭い空間にズカズカと無遠慮に侵入するハートの編みこまれた

ニット帽にエスニック風な赤ワンピースの女。

琴々ことごと閑雲かんうん


「僕にもプライバシーと言うものがあるんですが」

「プライバシーを気にする奴が住むような家じゃあないね」


ニコリと笑う自称師匠は布団しか敷いていない殺風景な部屋に

わざわざ自分で持ってきた座布団をポンと置き腰を下ろした。


「何なんですか、急に」

「何度かけても出ないじゃないか」


彼女は携帯電話の履歴を見せ付ける。

そこには「田螺 涙」と文字がズラリ。

下にスクロールしてみせる彼女の笑みが怖い。

履歴全てが僕の名前だ。


「ああ、なくしました」

「はぁ!?折角の私のプレゼントを・・・」


眉間にしわを寄せる彼女は「まぁいい」と言い胸ポケットから

煙管を取り出しくわえる。


「君が“いい”仕事を紹介してくれた、そのお礼がしたくてね」

「結構です」

「食事に行こう」


満面の笑み。

わかっている、これは意趣返しだ。何せ彼女はここに来て終始

頭に怒りマークを携えている気がするのだから。

いや、これは


「タニシ君の悪いところは己の利益にならないと思ったら仕事が雑になることだぞ」

「理解してます」


師匠は口から煙を吐き出す。

桜のフレーバーの匂いが部屋を包む、特注だろうか。


「私が何度君のせいで警察のご厄介になっているか・・・」

「申し訳ないとは思ってます」

「だ・か・ら」


彼女はずい、と顔をよせる。


「行こう?」

「・・・拒否権はないんでしょう。じゃあ行こうでなく、来い

でいいじゃないですか」

「細かいことはいい、さぁ出かけるぞ」


僕は首根っこを掴まれキャリーバッグのように引きずられる。


『いってらっしゃい』

「いってきます」


############################


師匠の車に乗り込む。

相変わらず師匠は煙管を咥えている。

煙草でもあるまい、そんなに長く咥えていて疲れないのだろうか。

まぁ・・・サマにはなっている。


「僕も吸っていいですか」

「いいわけないだろ、未成年」

「師匠も今年で20でしょう。どう考えても昔から吸ってる気がしますが」

「私はいいんだよ」


なにがいいのだろうか、考えても不毛なので思考を放棄し椅子に深く座る。

マフラーの改造された軽自動車が車体を揺らす。

足元にはファッション誌とゴミが転がっている。


「こんなんじゃ彼氏もできないでしょう」

「おっと、手が滑った」


師匠の左手が僕の肩を叩く。

この話題はNGらしい。

改造マフラーが通行人の注目を集めている。

マフラーを改造する意味を考えるもこの琴々閑雲という人間は意味のない行動を

良くする。

真夏にスノーボードをもって山に行ったり、冬に花火をしたり。

彼女の破天荒な性格から考えればマフラー付きの車などむしろ自然だといえよう。


「大学生って暇なんですね」

「そうでもないさ、いつもの無茶振りには困ってるよ」

「教授・・・ああ、研究室の?」

「三年になってから苦労がたえないね・・・さ、ついた」


僕のオンボロアパートから五分ほどの距離。

室外機からもうもうと排出される煙は独特の臭いを運ぶ。


「好きなだけ食べさせてあげるよ。焼肉だぞ?」

「はぁ」


嫌でも目に入る「食べ放題!!」や「しゃぶしゃぶ!!焼肉!!」の文字達。

僕が小食なの知ってて連れてきているだろう、と心で呪う。

自動ドアが開く。


「お待たせしました」

「え?」

「ああ、よくきた」


目の前には短髪の長身な男。

たくわえた髭を揉みながら、にやけ面でこちらをジロジロと観察する。


「教授、今日はごちそうさまです」

「この子がタニシ君か。ふむ、これが例のねえ」

「ちょっと」


顔をそらすと顎を掴まれる。

一瞬何が起こったのかわからなかった。眼前に広がるむさくるしい

髭男の顔、気分は最悪だ。


「もっと顔を見せてくれ、うん。ううん。わかるぞ、寝れないんだな。

あの事件以降」

「この人、どこまで」

「教授」


師匠は教授の方を叩く。


「む、すまない琴々君。タニシ君も悪かったな。今日は俺の驕りだ。

さぁ行こう。ハッハッハッハ」

「・・・・」

「悪いね、君の事は話してないが。あの人が勝手に調べたんだ」

「・・・そうですか」


僕達は教授に導かれ店の奥へと向かった。

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