3.ライブ

ごった返す人の海。

皆一様に腕を振り、頭を振る。


「うぶっ」


あれから一週間が経過した。


「いてっ」


僕と師匠は正式に彼女達の依頼を受諾、彼女らに憑く「呪い」の解呪。

その発生源であると睨んだライブへと赴いた。

汗の臭いと、遠慮なく踏み潰される足。

もみくちゃにされた僕は出入り口近くの人の波の薄い場所へと移動する。


「ライブは初めてなのかい?」

「行くタイプにみえますか?」


爆音に掻き消える声に師匠は眉をひそめる。

小さすぎる僕の声は聞こえなかったか。

ステージ上でギターを弾く黄泉と、ベースを奏でる冥府。

ドラムの音が聞こえるが誰もいないのに何故音だけなっているのだろうか。

仕組みはわからないけど二人の歌声とロック調で歌われる妖怪や幽霊、呪いや

オーパーツ、UFOや色々な不思議を詰め込んだ独特な世界観の歌詞は興味深かった。

二,三曲ほどが終わったところで黄泉が叫ぶ。


『今日はウチら“死後道中記”のライブに来てくれてありがとなー!』


観客がその叫びに叫びで応える。

何を叫んでいるんだろうか、たぶん僕の理解できない類の言語だ。


『アタシたちがここに出てくるって事は・・・わかってますよね?』


挑発するような冥府の言葉に再びあがる雄たけび。


『わかってんだろ!!』

『おおおおぉぉぉ!!』


冥府は楽しそうに笑う。

あんな顔もできるのだなと遠巻きに彼女を見つめる。

観客を煽りながら歌舞伎の花道のような道をたどり、

ライブハウスの中央へと二人は立った。


「特殊なつくりのハコだね」

「ハコ?特殊?」

「タニシ君にはわからないよな。そっかそっか」

「よくわかんないですが、馬鹿にしてます?」


大人数の観客がいるにもかかわらず、息一つ聞こえない沈黙が訪れる。

照明が落ちた。


『『篭目』』


二人の重なる声。

一本のギターの音色が沈黙を破る。

線香花火のような一筋の光が彼女ら二人を映し出す。


『かぁごめかごめ

かぁごのなかのとりぃは

いついつでやぁる』


どろりとした妖気のような、悪意の渦のような。

彼女らが歌い始めた瞬間どす黒い何かが会場を覆ったように見えた。


『うしろのしょうめんだぁれ』


激しいドラムの音とギターのぶつかり合い。

眩い閃光のような照明と共に靄は晴れる。


「これは・・・!まるで禊だ」


彼女らには今現在ステージ直前までかかっていた靄が完全に晴れた。

晴天のような空を見た気がした。

汗を散らし、会場と一体化しながら彼女らは叫ぶ。

頭を振るもの。

踊り狂うもの。

カオスだ。


一番の見せ場が間もなく訪れる。

すうっと再び照明が暗く。

楽騒は消え、観客が渦と化し叫ぶ。


『かぁごめかごめ

かぁごのなかのとりぃは』


黄泉の掌が冥府の瞳を覆う。


「ここか」

『いついつでやぁる

よあけのばんに

つるとかめがすべった』


冥府の掌が黄泉の瞳を覆う。


『うしろのしょうめんだぁれ!』


彼女らは真後ろに指差す。

一瞬、二人の顔が青ざめた気がした。

そして同時に会場に散っていた悪意が彼女らを取り巻く。

吐き気を催すほどの悪意。


「うっっぷ」

「大丈夫か、タニシ君」


膝の力が抜けそうになる僕の肩を師匠が支える。


「・・・でましょう。ここには、いられない」


############################


ライブハウスの外、重低音が外に漏れ響く中師匠が缶ジュースを

持ってくる。


「おつかれ」

「見ていただけですから」


口の中に広がる柑橘の味が気持ち悪さを洗い流してくれる。


「どうだった・・・って聞くまでもなさそうだけど」

「ストーカー云々はわかりませんが・・・あの歌は、いや。あの儀式は行わない方が

いいでしょうね」

「儀式?」

「あれは・・・「禊」といっても良い物でした。途中までは。呪いが解けていたんですよ。」


通常、偶然で呪いは解けはしない。

呪いに対する適切な対処もしくは、ある程度の手順を踏まないと。

そこには明確なルールがあり、「呪い」を扱う者であれば

その固結びされた糸をほどく事を生業としているのだ。


彼女達が行った「禊」は「解呪」を生業とする

人間の喉から手が出るほど欲する能力。

それは、何の代償もなしに呪いを解いてしまう奇跡とも言える所業。


「ですが、最大の見せ場だと彼女らが言っていた部分。アレは最悪ですね。

あそこで周りの人間から発された呪詛によって彼女達は呪われた。

禊によって散ったはずの呪いも彼女達に」

「・・・そうか」

「まるで倍々ゲームだ。前会った時より数段と酷い」


僕たちは立ち上がり、場所を移した。

ライブハウスから少し離れた喫茶店。

アイスコーヒーでいい?と尋ねられ首を縦に振る。


「一応終わって人がはけたらここで落ち合う予定なんだけど、タニシ君。大丈夫かい?」

「・・・ええ。」


どれ程の呪いになっているか、想像するだけでも恐ろしい。

手が震える。


『だいじょうぶ?』

「大丈夫、大丈夫だ」


############################


「お疲れ様です~」

「・・・」


やれやれといったかんじにバツの悪そうな笑顔の黄泉と、気味悪そうに

斜め下を見る冥府。


「今日も出よったねえ。はぁ、ホンマに怖いわ」

「お疲れ様、注文はもう済ませたのかい?」

「ええ」


僕は空になった氷の入ったグラスをズロズロと吸いながら彼女ら二人を見る。


真っ黒だ。

最早顔など見えないレベル。


かつての才川など比較にならないほどの呪い。

経験したことのない強大さに言葉が出ない。


「田螺さん?」

「・・・」

「田螺さん?」


僕の名前を呼んでいる黄泉の声が遠い。


気圧されている、今すぐここから逃げ出してしまいたい。

息が上がる。


「ハッ・・・ハッ・・・!はっ・・・!」

「タニシ君!」


師匠の声が聞こえる。


呼吸が、恐怖で、意識が、ダメだ、助けなきゃ。


「黄・・・さ・・・を・・・」


僕の意識は途切れた。

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