4.解呪
呪いを解く方法
一つ、呪いをなすりつける
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「こんにちは」
「ちょっと、人に家に勝手に・・・」
集合団地の一室の扉をおもむろに開く。
「ん・・・?ああ。タニシ君か」
無警戒に開きっぱなしの廊下と部屋をつなぐ扉。
その先に見える一人の女性。
室内というのに髑髏のニット棒に不揃いなエスニック風な赤の
ワンピースを着た妖艶な雰囲気、彼女が“霊媒師”。
「どう、商売は順調?」
「全然ですね。困ってます」
風水羅盤、札、水晶、鹿の頭蓋。世界観がちぐはぐな部屋。
灯りがゆらゆらと灯る、ああ蝋燭だ。
現代日本で蝋燭で灯りをともす家なぞ、ここくらいなものではなかろうか。
大家さんに見つかったら怒られんじゃないか。
「ん・・・何その子。彼女?」
「ええ」
「ちょっと!」
気の利いた冗句のつもりだったが本気で嫌がっているようだった。
「彼女は自称霊媒師の
「酷いなぁ、一応師匠でしょ。それにこれは本名だよ。コトゴトさんとでも。
カンウンさんとでも。好きに呼んで」
琴々は手を差し出す。
「彼女は才川千里さん、クラスメイト。霊に取り付かれているらしい。」
「ど、どうも」
「タニシ君が客を紹介してくるとはねぇ。客がいないと嘆く割に不思議なことをする」
握った手を琴々はハンカチで拭く。
その様子を見て才川は明らかに不機嫌になった。
「失礼、潔癖症なものでね。それで、診てほしいのかな?視てほしいのかな?」
「言っている意味がよくわからないのですが・・・」
「ふふ、失礼。君の呪いを診てほしいのか、君の霊的な側面の方を視てほしいのか
という解釈で今は構わないよ」
「・・・そういうことでしたら。田螺君が呪いについて診てもらってますし。
じゃあ霊的な方で・・・」
「オーケィ。じゃあ少し待ってて」
琴々は汚い部屋をあさり始める。
箪笥を開け、ベッドの下をまさぐり、自身のポケットをひっくり返す。
ようやく「みつけた」と持ってきたのは虫眼鏡。
「じゃあ、目を瞑ってくれるかな」
「はい」
才川は目を閉じ、琴々は必死に虫眼鏡を使って彼女の旋毛を見ていた。
何の意味があるのだろうか。
何の意味もないだろうな。
僕は琴々の部屋の乱雑に転がるファッション誌をめくる。
一ページ、二ページ、三ページ。
・・・読み終えてしまった。
携帯電話を取り出すと午前三時。
実に一時間もの間彼女はじっと旋毛を見つめている。
「ありがとう、もういいよ」
つきあった才川の根気強さにも脱帽だ。
よくもあれだけ不気味な空間で一時間も無言で耐え切ったものだ。
「悪い、少し席を外させてくれ。タニシ君、ちょっと」
琴々に呼び出され戸の外に引っ張られる。
「どういうこと?“あんな子”連れてきて」
「霊に取り付かれてるって言うから紹介してあげたんでしょう」
「ああ、取り付かれてるよ。トビッキリのに」
「ふぅん。僕は信じないけど」
嘘くさ、と心で零す。
僕が幽霊に対して否定的なスタンスであることは琴々も知るところだ、
こんな心の声も見透かされているのかもしれない。
「彼女あのままじゃ、助からないわよ」
「助かるもなにも・・・」
ガタンと背の扉が開く。
「あ、おい」
才川が扉から飛び出す。
遠目に見える才川からキラキラと煌く何か。涙か。
「追うのかい?」
「お客さんだからね」
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完全に見失った。
暗闇に染まる街。
街灯にチラつく蛾の群れ。
一匹が電球の熱に耐え切れず燐粉を散らし地に落ちる。
「そうか」
目を凝らす。
僕の目に映る悪意や害意の形を成した存在。
「見える」
それは宙に浮く黒い『靄』。
才川の靄。
追う。
この靄は呪い。
その感情は憎悪と怨念と嫉妬、そして懺悔。
「どういう人生を送らされたんだか」
靄の導く先は学校の屋上。
フェンスの向こう側でしくしくと才川は涙でコンクリートを濡らしている。
「急に出て行くなよ。驚くだろ」
「何よ、助ける気ないんでしょ」
こちらを見つめる才川の瞳は充血し真っ赤になっている。
「そんなことはない、助かるつもりだったよ。ああ、いや。助けるつもりはあった」
「なによそれ・・・意味深なことばっかり言って。そうやって弱みにつけこんで
金でも強請ろうって腹?だったら残念ね。私金銭面はからっきしなのよ」
「そんなつもりもないよ」
僕はフェンスに近づく。
「どうしてそんなところに?自殺でもするつもりなのか?」
「はっ、どうせ助からないなら。それもいいかもね」
「ふぅん」
ポツリと頭頂部に水滴が落ちるのを感じる。
「雨だ」
「死んだほうがいいのよ、私なんて」
デジャヴ。
『しんじゃうのかな、あたしたち』
「・・・」
目の前にいる女はちがう。だって彼女は。
「はぁ」
僕は目を瞑る。
瞑想だ、瞑想。言いたいことを整理するんだ。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。『・・・っつ』
よっつ。『よっつ』
いつつ。『いつつ』
「才川、君。そこから飛び降りる気ないだろ」
「は?」
フェンスをはさんで僕達は見つめあう。
なんだかドラマチックだ。
「君がしたいのは、そこから飛び降りるほどの精神状態である事を何者かに
示したいんだ。・・・そう専ら思い当たるのは警察かな」
「何を・・・」
「君は母親を殺しただろう?」
才川の顔が青ざめる。
雨だ。
ザァザァと二人の髪を濡らす。
「は、ちょっとまって。急に何を」
「君はその記憶を自ら閉ざそうとしている。だが現実の死体がそうはさせてくれなかった」
「嘘よ、そんなの」
「単身赴任の父がいるといったね、君は」
「嘘よ!!」
「でも、君についている呪いとそれとは関係ない。君が自覚していたとおりだ」
「え・・・じゃあ」
才川がこちらに振り返る刹那。
靄が彼女の足にまとわりつく。
「それが呪いだよ。霊なんていない。でも、文字通り君に足を引っ張られた者たちの呪い」
「ちょっ」
「呪いは発現させてやれば、霧散して消える。念の深さにもよるけど」
ああ、無常。
重力に人は逆らえない。
この世界の間違い用のない理。
才川はすべるように屋上から消えてゆく。
「さよなら。才川千里。」
ドスン、と激突音。
その後クラクションがファーーーとなり続ける。
どうやら車の上に落下したようだ。
僕は携帯電話を取り出す。
「もしもし、救急車の手配をお願いしたいのですが」
僕は屋上の貯水槽の蓋を開ける。
携帯電話をその中におとす。
「せっかく友達が出来たと思ったんだけどな」
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