part9 定規的な竹とカマボコ的な竹
「えるちゃん、えるちゃん」
「なーに?」
「魚を待ってるあいだに、火を起こそう」
「あたしそれ一回チャレンジしたんやけど……失敗してしまって、手のひらの皮ずるむけになったんやけど。……火ってどうやって起こすん?」
「火の起こし方にはいろいろあります。『きりもみ式』『弓ぎり式』『まいぎり式』みたいに摩擦熱を使う方法とか、火打ち石を使って火花を飛ばす方法とか……虫眼鏡的なレンズがあれば、太陽光で着火することも可能です」
「ガブちゃん、詳しいなあ」
「えへへー」
と言ってガブちゃんは嬉しそうに笑います。「えるちゃんが失敗したのはたぶん『きりもみ式』だね。仕組みはシンプルだけど、難易度はベリーハードだよ」
「そうなんやー」
「この島には竹があるから、竹を使った方法を試してみようと思うのですが、いかがでしょうか、えるちゃん隊員!」ピシッ。
「問題ないと思われます! ガブちゃん隊長!」ピシッ。
さっそく取りかかりました。
ふたたび雑木林に入って竹を取ってきます。魚の罠に使った竹は緑色のものでしたが、今回は枯れて茶色になった竹を使うようです。叩き合わせるとカチ、カチ、と高音が鳴り響きます。とにかく乾いていることが大事なようです。ガブちゃんはそれを縦向きにして、貝殻のナイフを当て、そのナイフを上から石でコツコツと叩いて——薪割りの要領で竹を半分に割りました。
「これから竹の表面を薄く削っていきます」
「なんで?」
「おがくずを生み出すためです。燃えやすくて、着火剤になります」
「なるほど」
「多めに作りたいから、えるちゃんも手伝って」
「おっけー」
あたしたちは竹の表面にナイフを当てて、シャカシャカシャカシャカと薄く削っていきます。眉剃り用のカミソリで鰹節を削っていくようなかんじと言えば伝わるでしょうか? そんな経験をしたことのある人はなかなかこの世にいないと思いますが、とにかく細い糸くずやら細かい粉を大量に作っていきます。
できあがったおがくずは手で軽く千切ってさらに粉っぽくしていきます。ティッシュペーパーを裂いたら細かい粉が大量に出る、というのとおなじ理屈です。細かければ細かいほど燃えやすくなるみたいです。
「これくらいでおっけーです」
「はい」
えるちゃんは次に竹の外側に横向きの切り込みを入れ、溝を作ります。そして竹をひっくり返してこんどは内側からナイフのいちばん尖った部分をぐりぐりと押しつけ、溝の底に小さな穴を作りました。
「この穴から火種が下に落ちます」
「なるほど」
準備は整ったようです。
乾いた岩のうえにさきほどの鰹節的着火剤——つまりおがくずを置き、そのちょうど真上に穴が来るようにして切り込みを入れた竹を被せます。半分に割れたもうひとつの竹の側面をその溝に這わせて往復させ、摩擦で削られつつも火のついた粉が下の穴へ落ちておがくずの上に乗る、という仕組みのようです。
言葉で説明のしづらい状況ではありますが、「竹でできた長い定規で竹でできた長いカマボコを必死に切る」というようなかんじの絵面になります。
ガブちゃんはそのカマボコ的な竹を足で踏んで固定し、前屈みになってシュコシュコと定規的な竹をこすりつけます。しかし三往復くらいしたところで足元の竹が大きくズレてしまいました。
「……あー」
「あたしが踏むわ」
と言ってあたしがその竹を押さえることにしました。片足を乗せて全体重をかけます。
「えるちゃん、ありがとう」
「思いっきりやってくれでええで」
「頑張る」
うおぉぉぉおおおー! と叫びながらガブちゃんが必死に竹を動かします。ところがシュコシュコシュコシュコと一分ぐらい続けた時点で、「あー疲れたー」と言ってガブちゃんは手を止めてしまいました。
「ガブちゃん、交代しよ」
「うん」
今度はガブちゃんがカマボコ的な竹を踏みつけ、あたしが定規的な竹を動かします。じっさいに自分でやってみると意外と大変で、二十秒ほどで汗が噴き出しました。火を起こすほどの摩擦熱を生み出そうとしているのですから当然といえば当然ですね。思わず息を止めて無酸素運動になってしまいます。あたしも一分くらいで頭がくらくらしてきたので、ふたたびガブちゃんと交代します。
「うぉぉおぉぉおおー!」
と叫んでガブちゃんが竹をこすります。
……その叫び声、余計に疲れへん? とあたしは内心思いましたが、黙って全力で竹を踏み付けていることにしました。
と、そのとき。
竹の切り込みのところから煙が出てきました。
「ガブちゃん、いけそうや!」
「おりゃあぁあぁあああ!」
「頑張れ!」
「ぬぉおおおおおおおおお! ……はあ、はあ。もう付いてるかも」
「まじで」
ガブちゃんが手を止めかがみ込みんだので、あたしも一緒にかがみ込んでようすを覗います。ガブちゃんは煙の上がってる溝の部分をとんとん、と軽く叩いて火種を下に落とし、カマボコ的な竹を取り払って、おがくずのようすを慎重に覗います。
小さな火が——目を凝らして見ないとわからないような本当に小さな火の光りがちかちかと瞬いています。その火種をおがくずでふわっと包み込んで、ガブちゃんは「はふー」と静かに息を吹きかけました。
「はふー……はふー……はふー」
としばらく繰り返していると、ガブちゃんの手のなかの煙の量がどんどんと増していき——あるタイミングで一気にぼわっと火がつきました。
「付いたー!」
「付いたあ!」
……何この感動!?
その火を地面に置き、火のうえに枯草を乗せていきます。枯草が燃えると今度は小枝を重ねていき——ついに焚火として安定しました。
「やったー!」
「やったなあ!?」
「えるちゃん!」「ガブちゃん!」あたしたちふたりは思わず互いの目を見つめ合っていました。ガブちゃんの目は「こんなに楽しいことがあっていいのか?」と言わんばかりにきらきらと光り輝いています。もしかしたら、あたしの目も同じようなことになっているのかもしれません。
次の瞬間——、
「「いえーい!」」
と自然と手が伸びて——ぱちん、とあたしたちはハイタッチをしていました。
【目標:火を確保しろ!】——達成。
***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます