part8 おさかなスポッと


 拝啓、お母さま。

 お母さまのお好きな焼き肉の部位と、焼き魚の種類はなんでしょうか? ちなみにあたしがいちばん好きな焼き肉の部位はハラミで、その次にタン、その次からは特に順位を付けられず、ようするにハラミとタンさえあればそれでオーケーというかんじです。だいたい「稀少部位」とかってメニューに書かれてあるものに手を出すパターンが多いですね。魚に関していえば、やっぱり鯛の塩焼きが最強なんじゃないかと一瞬思いましたが、アジの塩焼きもなかなか捨てがたいところです。

 ……以上、特になんのオチもない話でした。


「えるちゃん、えるちゃん」

「なに?」

「今日の晩ご飯何にしよっかー?」

 とガブちゃんが訊いてきます。

「焼き肉が食べたいかなー」

 とあたしはいまもらった貝殻のナイフを眺めながら答えます。

「うーん……焼き肉にするには槍を作る必要があるねえ」

「槍!?」

 ……狩猟する気なん?

「えるちゃん、この島に来てから大型の動物見たことある?」

「一回もないなあ」

 ……狩猟する気やわ、この子。

「じゃあいないかもしれないねー」

「ねー」

「えるちゃん、えるちゃん」

「なに?」


「ネズミとドジョウ、どっちが食べたい?」


 ……その二択なんなん?

「しいて言うなら、ドジョウかな」

「じゃあ今日の晩ご飯はドジョウにしよう」

「まじで?」

「おー!」

「おー」


 というわけであたしとえるちゃんのふたりは、小魚を捕るための罠を作ることにしました。


 まず始めに雑木林に踏み込んで、手頃な竹を二本と、ツルを取ってきました。

「節の部分があるでしょ?」

 とガブちゃんが指でなぞりながら説明してくれます。「このなかは栓になってるんだけど、片方だけ栓が必要なのです」

「片方は蓋してあって、もう片方は空ければいいんやな?」

「そう! ガブもひとつ作るから、えるちゃんもひとつ作って」

「おーけー任せて」

 あたしたちは作業に取りかかりました。

 竹の表面をナイフでくるっと一週切れ目を入れます。竹はかなり固く、ナイフはそこまで切れ味があるものではないので時間のかかる作業です。ギリギリギリギリと少しずつ切れ込みを入れていき……そろそろいけそうやな、というところまできたら、切れ目の左右を両手で握って、切れ目に膝蹴りをかまします。——チューペットを割るような要領ですね。

 ぱきっ、と綺麗に竹を割ることができました。

「えるちゃん、あれがほしい!」

 と次にガブちゃんはヤシの木の上のほうを指さしました。

「ココナッツ?」

「ココナッツじゃなくて、茎」

「茎?」

 たしかにヤシの木の頭のところには葉っぱが生えていて、つまり茎も生えています。

「でも高さあるで?」

 とあたし。「こてこての関西弁で言うと『タッパ』あるで?」

「どうにかして取ろう」

 とガブちゃん。

 比較的横向きに生えているヤシの木を選んで、あたしがその木の幹にぶら下がることにしました。あたしの体重によりヤシの木の頭が多少下がったところで、ガブちゃんがぴょんぴょんとジャンプをしながらそれを引き抜きます。

「取れたー?」

「取れたよー。もう大丈夫だよー」

「よっと」

 あたしはヤシの木から手を離して砂浜に着地。「……で、それは何に使うん?」

「尖った蓋です」

 とガブちゃん。「葉っぱの部分を筒の中に入れて、茎の部分をこうして折り曲げます。同じ物をぐるっと一週作ったら、ツルで巻いて固定します」

「なるほど」

 ……つまりは「返し」です。ヤシの木の葉っぱのトンネルを竹筒の入口に設けることによって、魚はそこから入ることはできるものの——内側へと向いている葉っぱの先端が邪魔をして、筒から出ることができなくなる仕組みのようです。

 不慣れだったので作業に時間はかかりましたが、なんとか形になりました。

「これって餌はどうするん?」

「蟻にしよう」

「蟻?」

 ふたたび雑木林に入って、ガブちゃんがそこらへんの土を掘り返し、蟻の巣を見つけ、竹筒の底に巣ごと入れました。あたしはそのうじゃうじゃとした蟻の巣を見て内心うわあと引きましたが、どうやらガブちゃんは自分の手のうえをたくさんの蟻に歩き回られても平気なようです。

「えるちゃん、えるちゃん。名前つけて?」

「名前?」

「魚がいっぱい捕れそうな、いいかんじの名前つけて?」

 ……うーん。

「じゃあ、〈おさかなスポッと〉で」

 絞り出した結果がこれです。

「〈おさかなスポッと〉のぉー…………完、成、です!」


 あたしたちはさっそくその罠を磯だまりの、海水でできた池のような場所に仕掛けに行きました。ここなら波に攫われることもなさそうです。


 ……でも、こんな罠でほんとうに魚って捕れるんでしょうか?


 引き上げるときが楽しみです。


     ***

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