第60話 悪魔の選択 2
エレベーターのドアが開いた。
「こーこーにいましたか。使い魔ども。いや、いやいやいやいやいや。悪魔の臭いまでするじゃないですか。いやー、臭い臭い。隠れてもわかりますよ。わかるわかる」
灰色の天使が、両手を広げて叫ぶ。
先ほど、ズタボロになっていたはずの姿が、きれいに整っている。
傷ひとつない。
僕はグルカナイフを鞘から抜く。
そして、天使の前に立ちはだかった。
「ここから先は行かせない」
「おやおや、小さな使い魔が、ずいぶん生意気なことを言う」
手足短い。
パワーない。
超能力、異能力、ついでにスキルもなし。
近づけるか。
たどり着けるか。
あの場所まで。
だけど、やらなきゃ。
雅が死ぬ。
僕はいい。
どうせ糞みたいな人生。
ここで終わったってかまわない。
だけど。
今、頑張らなきゃいけない。
いろいろ、頑張りきれなかったけど。
だから今。
グルカナイフは、重心が先端の方にある。
だから、振り回してしまえば、力は乗る。
僕みたいな非力な力とは言え、それが乗りやすいに越したことはない。
あとは、素直に振り回させてくれるか、だ。
多分、瞬殺……だろうなあ。
さて、どうする。
まあ、わかりやすいところで言えば、ジョジョとか。
ああいうやり方しかないか。
口下手なんだけどなあ。
「ところで」
「はい。何でしょう」
「臭いですか? 私たち」
「ふっ」
天使が鼻で笑った。
「臭いですよ。ぷんぷん臭う」
「うーん、たしかに今、ちょっと汗臭い感じですけど」
と、くんくんと袖口の臭いを嗅ぐポーズをとる。
「ちょっとすみません」
一歩踏み出した。
天使に向かって。
「くんくん」
「?」
「あ、天使さん、意外といい臭いしてますね。何か野暮ったい男性の姿なのに、香りは、多分これ、シャンプーの香りですよね。気を使ってるような感じに見えないんですけど」
「お前、バカ?」
「いえいえ。これ、アレですよね、たしか」
と、とある女性向けの高級シャンプーの名前を上げる。
「な、何でそんなことが」
あ、正解。
まあ、雅が使っているから知ってるだけなんだけど。
「あれ? 天使さんって、男性とか、女性とかあるんでしたっけ? お話とかですと、どちらでもない、みたいなことが多いですけど」
「私たちにそんな縛りはないわよ」
「そうなんですね。あ、はい」
僕はグルカナイフの柄を差し出した。
「何のつもりですか?」
「あ、いや、勝てそうにないから」
「は?」
「負け。降参」
「さっきの勢いはどうしたんですか」
「話しながら、一生懸命隙を伺ったけど、無理っぽい」
「はあ、素直ですね。使い魔のくせに」
「そうですね。いいかげん、人生いろいろ疲れてまして」
「それはよくない。人とは善意のもとに、おおいに明るく生きるべき存在なのです。疲れている? それは大変よくない」
「大体、この刃物で刺されて死ぬんですか?」
「いいえ。そんなものでは」
「ところで痛いんですか? 刺されたとき。刺されても痛みはなかったりするんですか?」
「そうね。あまり痛みみたいなものはないわよ」
差し出した柄を掴んではくれないので、改めて持ち直す。
そして、刃先にちょんちょんと触れる。
うん、とても痛そう。
「私は痛いんですよ。こうのに刺されると」
ちょっと顔をしかめて言う。
「どうせ、私は殺されるんですよね」
「そうね、おしゃべりが楽しい間は生かしてあげるけど」
「できれば痛くないようにしてもらっていいですか? 私と雅。痛いのはあんまし……」
「面白い子ね。いいわよ。痛みなんか感じないレベルで瞬殺してあげる」
「さ、じゃあ、がんばりましょうか」
僕は少し距離を置く。
「一応、私も使い魔なので。立場上がんばらなきゃ、なのでよろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
「おやおや。真面目なこと」
「昔から社畜なことには定評がありまして」
天使は余裕な表情。
うん。そうしていてくれ。
あと、三分だけ。
グルカナイフを持った右手をぐるぐると回す。
そして、天使の胸に向かって投げた。
「えいっ」
あえて、声を出す。
先端に重心のあるグルカナイフは、実は投擲にも向いていた。
くるくると回りながら、余裕をかます天使の胸に突き立った。
「さ、これであなたの立場は尊重してあ……げ……、な、この…ナイフ」
顔色が変わった。
悪魔の言葉は嘘じゃない。
これなら、殺せる。
僕は、そう確信した。
「天使を殺せるナイフらしいです」
「な……」
僕はダッシュした。
今、ここでやりきるしかない。
ナイフに飛びつき、根元まで押し込む。
「があああああ」
天使が叫んだ。
「ゴミがあああ」
左手が僕の額に当てられた。
手が光の塊に包まれた。
多分、これ、手からビームが出るヤツ。
ヤバい。
ダメかも。
「死ねっ!」
そして、その塊は僕の目の前で炸裂した。
痛みを感じる間もなく、僕の意識が吹き飛んだ。
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