第46話 蒼き清浄の世界 1

 テレビで瑛太さんが演説をしていた。


「―――――この世界は絶望に満ちています。多くの人たちが苦しみ、多くの人たちが死んでいます。この国だけでなく、世界は泣いています。


 公害の問題は人々を蝕み、国土を蝕み、そこにあるすべての生物を蝕んでいます。


 私たちは絶滅の時代の始まりにいます。



 こちらの方は、その諸問題を解決するため、国民の代表として選ばれた方です」



 その手は、一人の男性を示した。

 テロップには、環境大臣という肩書が示されていた。



「何も手は打たれない。そらぞらしい、空虚な言葉だけが世界を飾り、解決策は顧みられることすらない。


 皆、それを理解している。あえて言いましょう。



 あなたたちは、今のこの状況を理解している。



 科学がそれを示している。



 にも関わらず、それを放置しているということは、あなたたちが邪悪な人間ということに他ならない。



 この国で起きた原子力の事故は多くの人の命を奪った。

 そして、今もその被害を食い止めるために、多くの人々が必死に動いている。



 今、まさに戦っている彼らに対しての、保障もないまま、この国は滅びへの道を突き進んでいる。



 私たちは、訴えたい。

 新たな道があるのだと。

 新たな世界は訪れるのだと。



 そして、我々の想いや生きた証は、次の子どもらに受け継がれていくのだと。



 今日、行うのはそのための破壊です。

 これは、あなたたちに対して訴える、人の叫びであり、国土の叫びです。



 あなたたちが望もうが望むまいが。



 今一度、『現実』を見なくてはならない」



 その言葉の後、中継画面が真っ暗になった。

 そして、カメラが切り替わった。


 闇にそびえ立つビルの一室から爆発が起きた。



「まさか……」


 テレビの前の僕と雅は絶句した。



「皆さん! 神谷町周辺の皆さんは、直ちに避難してください。テロリストは大量の核物質を所有し、それがただいまの爆発で大気中に四散した可能性が高いです。ただちに避難してください」



 温厚そうな夫婦が東京へ向かった理由。



 それが。

 まさか。



「何で……こんなこと……」



 わからない。

 なぜ?



 だけど、何となく感じた。

 彼らは娘を愛していた。

 僕を見る目から、それだけは確かだった。



 おそらく、あの「怒り」は、そこに向けられていたのだろう。



 そのために行動して。


 復讐したのだ。



 雅がブルブル震えていた。



 僕は雅を抱きしめた。

「死んじゃった……のかな」

「多分」

 気休めを言う気分じゃなかった。


 地上波すべてのテレビ局が、このテロのニュースに切り替わった。



 そこで報道されたのは、彼らの素性。



 瑛太さんは、宗教カルト組織「煌めきの空」の教祖と呼ばれる人間だった。

 数年前の原発事故以後に結成された組織。


 世界を変えたい、そのために始めた行動が、いつしかデモ活動を経て、過激なテロ行為に変化していった。



 インターネットでは、彼らの個人情報が次々に暴かれていった。


 僕によく似た少女の写真も、どこかから入手され、晒されるようになっていた。

 原発事故のときに亡くなり、すでに故人という情報と合わせて。



 まあ、親戚ぐらいに見られる可能性はあるかもだけど。




 テレビには、黄色い対核スーツを着た自衛隊員たちが、ビルの周辺を調べているシーンが映し出されている。


 そして、東京都内はすでに交通麻痺によるパニックが発生していた。



 アナウンサーたちが叫んでいた。

 恐慌の叫びを。


 そして、それは伝染していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る