第45話 天使のたまご 4

 佐々木は少々機嫌が悪かった。

 情報を流したにも関わらず、事件への関与はできなかった。

 与えられた命令は、東海地区の「煌めきの空」構成員の内偵だった。


 ことが片付くまで、組織を追い詰めないこと。

 それが命令だった。



 冗談ではなかった。

 こちらを何だと思っているのか。



「テロだ! 環境大臣が人質になった!」

 署のテレビの画面がニュースに切り替わった。

 佐々木は冷ややかな目で、それを見つめた。



「バカが」



 わかっていたこと。

 わかりきっていたこと。



 それなのに、一歩遅かった。

 無能どもめ。あいつらは、何もわかっちゃいない。

 正義のために。治安のために。

 何をしなくてはいけないのかが。



 一見、普通の、どこにでもいるような中年の夫婦が、インターネット中継で演説している。

 それをご丁寧に地上波で再中継。



 中央の連中の無能さは呆れるしかない。



 そして。



 インターネット中継が止まり、真っ暗になった。



 と、同時にテレビ画面の中で爆発が起こっていた。

 占拠された、神谷町の原子力規制室事務所。

 その事務所が入っているビルから炎と煙があがっていた。



「皆さん! 神谷町周辺の皆さんは、直ちに避難してください。テロリストは大量の核物質を所有し、それがただいまの爆発で大気中に四散した可能性が高いです。ただちに避難してください」



 東京でパニックが起こっていた。



 気がつくと、灰色の天使が隣にいた。

「笑えよ。人間なんてこんなもんだ。わかっていても、止めることすらできやしねえ」

「いいえ。まだ正義は終わってはいません。あなたには、命令権がありますよね。正義の軍隊の」

「は?」

「ヤツらを根絶やしにする必要があります。悪魔の使い魔どもを」

「ああ、わかったよ。正義を実行しなくてはいけない。そうだな。正義の力を見せてやらなくてはいけない」



 佐々木は電話をとった。

 内線。

 特殊部隊への直通電話。

 公安には、その命令権があった。



 取り次がれ、隊長が電話に出た。



「出動を要請する。正義の戦いだ」

「は、佐々木さん、何を言ってるんですか?」

「悪魔を滅ぼす。これは聖戦だ。正義の戦いだ」

「そうです。これは正義の戦いです」

 電話の中に、灰色の天使の声がした。

 すると、その言葉に隊長が反応した。

「はい。そうですね。我々は悪魔を滅ぼさなくてはならない」



 電話を切って、次々と別の部署に電話をする。



 暗闇の中、県警本部は、きらめくような光に包まれた。



「おお、聖戦に神の祝福あれ」



 天使がつぶやいた。



 神の軍隊が降臨した。

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