第47話 蒼き清浄の世界 2

 翌朝も、世界は混乱に包まれていた。

 テレビでは、恐怖に駆られた人々が声をあげている。


 とは言え、東京から遠く離れたこの町では、日々は何ごともなく始まる。



 通勤通学の人の波は、何も変わらない。



 とは言え、噂話の質は変わる。



 それが、たとえ中学一年生であっても。


「放射能って大丈夫なの?」

「パパが言ってた。この町なら大丈夫って」

「浴びたら死んじゃうんでしょ」

「みたいね。癌になるって。テレビで」



 軽いため息。

 雅は僕の席の横で同様にため息。



 この噂話のきっかけが、僕らのよく知る人物となると、なかなかに面倒くさいし、ダウナーな気分になる。


「何かやだよね」


 楓が、そう声をかけてきた。


「こういう空気。何かこう、イライラする空気感」

「そうだね」



「座りなさい」

 鬱屈した空気を教師がかき回す。

 生徒たちは、かき回された空気の中を、それぞれの席へと移動する。



 何ごともなかったように、授業が始まる。



 じりじりしたような空気の中、昼が過ぎ、もうすぐ放課後がやってくる。

 そのころ、生徒たちのスマホから、「散布されたはずの核物質の反応がない」というニュースが流れ、噂話として広がった。


 僕も、その噂を確かめる。


 いくつかのニュースサイトで同様の報道。

 どうやら間違いはないらしい。



 そもそも、そんなものバラまく気はなかったのか。

 突入を避けるためのブラフだったのか。




 僕は少しほっとした。

 どういう気持ちだったのかわからない。

 だけど、瑛太さんは、最悪のケースを回避したのだ。


 回避してくれたのだ。



 そう確信した。



 そして、授業が終わり、本日の部活動は、全部中止という放送が流れた。

 このざわざわ感が収まるまで、ということだろうか。



「帰ろうか」

 雅の言葉に、僕はうなずいた。



 いつも通り、昇降口から校門へ。



 校外へと歩く。

 そして、外へ出ると、見知った顔が一つ。


 佐々木さん。

 透子先輩のおじさんだ。


「やあ」

 僕の顔を認め、手を上げて挨拶してきた。

「こんにちは」

 僕は頭を下げる。



「斉藤さん、だったよね。ちょっとあなたに聞きたいことがあったんだ」

「何でしょう?」

という人を知っているかな?」

「テレビでやっている犯人ですよね」


 いきなり何だ?

 警戒アラートが鳴る。



「そうそう。あのテロリストさ」

「それが何か?」

「君は、草川の娘にそっくりでね」



 そこ……か。

 ただ、警察が気にするような案件じゃないはず。



「親戚か何かかい?」

「いいえ。私の知らないところで、血がつながっているかもしれませんが、私は聞いたことがありません」

「そうか……。じゃあ、これが何だかわかるかい?」


 取り出されたスマホに写っていたのは、僕と雅と草川夫妻。



「駅で草川たちと会っている君たちだ。そうだね」



 しまった……。

 雅も一緒だと、他人の空似ではすまされない。



「どうした? 斉藤さん?」



 押し黙る。



「あ、佐々木のおじさん、どうしたの?」



 透子先輩の声。

 佐々木の視線が逸れた。

「雅!」

 僕の声に雅が走り出す。

 僕も同時に駆け出した。

「先輩、ごめん!」

 二人で透子先輩の脇を駆け抜け走る。



「あ、こら! 待て!」



 待てないよ!



 僕たちは走った。

 雑踏の中、懸命に走り抜ける。



 そして。



 目の前に妙に色彩の欠けた男が立っていた。


 僕らは足を止めた。

 逃げられない。

 その男の視線に絡め取られ、身体が動かない。



 右手に何か持っていた。

 何か。

 ポタポタと赤いものが垂れている。


 血。


 血液だ。



 丸い、大きなもの。



 頭。顔。



 それは、どこかで見たことがあって。



「あ……」



 だ。

 僕らに指示を出していたご主人さまであり、僕らの望みを叶えた悪魔そのものが。

 首だけになって、男の手につかまれていた。



 見開いた目と半開きの口。

 首が繋がっていたところは、引きちぎられた皮膚や血管に包まれた骨がぶら下がっていた。



「君たち、この悪魔の使い魔だね」

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