第43話 ビューティフル・ドリーマー 4
デパートの屋上庭園に出ると、もうすでに結構寒い。
夏の間、ビアガーデンとして運営されたその場所も、この時期は、それほどの人ごみではない。
ただ、喧騒を逃れて、庭園の中で物思いにふける人々は散見される。
約束の場所は、ハーブコーナーの前。
そこにいる、中年のご夫婦に、というのが指示だった。
そして見ると、一組のご夫婦が、植物を前にして語り合っていた。
僕たちはそっと近づいた。
「まあ!」
女性の方が大きな声を上げた。
そして、そのまま、僕に近づいて、抱きしめた。
「え? ええええええ」
「お前、驚いているじゃないか」
男性の方が声をかけた。
「あ、ご、ごめんなさいね、つい」
「ご挨拶しなくてはね。私は草川瑛太。こちらは妻の江里。君たちに会ってみたかったんたよ」
「会って?」
「私たちも『使い魔』だよ。素性は知っているから、心配しなくても大丈夫」
僕と雅は顔を見合わせた。
「まだお昼には早いから、下でケーキでもいかがかな。お嬢さんたち」
そして、屋上から下に降り、6階にあるケーキ屋さんに、四人で座った。
僕を含めた女性三人はケーキ。
江里さんと雅がストロベリーロールケーキ。
苺クリームを巻き込んだロールケーキに、苺のムースにソフトクリーム、フランボワーズのフィナンシェの贅沢なセット。
僕はフォンダンショコラ。こちらも、ソフトクリーム、フランボワーズのフィナンシェ、苺が添えられている。
瑛太さんのみ、コーヒーのみ。
「まずは、こちらを」
僕はお弁当を手渡した。
江里さんが、にこりと笑って受け取った。
「ありがとう」
「あなたたちは、今、中学生かしら?」
「はい。私は斉藤真琴。こちらが一条雅。二人とも『使い魔』です」
「学校は?」
「聖天使楽園学園という女子校の一年生です。二人とも」
「私立の学校?」
「ええ」
「幸せですか?」
「は……い」
何だろう。何の会話をしているんだろう。
「説明をしないといけないよね。そもそも、今日ここで弁当を受け取るように、というのは――さんからの指示でね。それを聞いて私たちは、名古屋で一時下車することになったんだ。届けてくれるのが君たちとは知らずに」
瑛太さんが言葉を紡いだ。
「実は私たちには娘がいた。すでにこの世にはいないが」
瞬間、沈黙。
僕たちも聞かなければ、と。
「私たちは、それに関わることを――さんに願い、使い魔になった」
「そして、ある日、――さんから指示をもらった。『娘の姿を貸してほしい』と。人生をやり直したい、と願う方がいて、やり直すために姿を変えたい、と。我々には断る理由がなかった。使い魔だからね」
瑛太さんは、スマホを取り出した。
「ある日、これが送られてきた」
僕がタキシードを着た写真。
そして、その撮影風景のスナップ。
それだけじゃない。学生生活。文化祭の写真。
「あ、私が送った写真」
雅がつぶやく。
「決して、私たちの娘ではない、それはわかっていた。だが、娘の欠片が、幸せな人生を送っている。その事実は私たちをとても癒やしてくれたよ」
瑛太さんは、僕を見つめた。
「君は私の娘ではない。だけど、娘と同じ顔で笑っている。それがとても嬉しいのですよ」
「……」
言葉が継げなかった。
僕の、いささか勝手な願い。
それが生み出したもの。
「今、君はどんな生活を送っているのかな? それを少し、私たちに聞かせてくれないかな?」
「そんなことでしたら、喜んで」
僕は話し始めた。
ちょっとアレなお仕事は伏せつつ、雅と出会ったこと、学校へ通えるようになったこと。部活のこと。授業のこと。友達のこと。
次から次へと話した。
そして、「やり直して、とても幸せだということ」を。
ひとしきり話をして、僕たちは駅の改札まで、二人を送っていった。
「どちらまで?」
「東京だよ。ちょっと、やらなくてはいけないことがあってね」
「行ってらっしゃい」
その言葉に対し、江里さんが、腰を落として、僕を抱きしめた。
「行ってくるわね」
「はい」
僕の言葉を聞いて、二人は立ち上がった。
ひらひらと手を振って、改札の中へと消えていった。
「お父さん、お母さんって呼ばなかったわね」
「うん。言ったら失礼になると思ったんだ。だからやめた」
「そうね、その方がよかったわよ。きっと」
僕たちは二人、駅を離れた。
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