第42話 天使のたまご 3

「ここかい」

「ええ」



 長野県の別荘地。

 そのうちの一つ、少し奥に入った地味な、何の変哲もない別荘。

 灰色の天使はそこを指差した。



「煌めきの空」



 その教祖の隠れ家。

 公安の人間がそろって追いきれなかった、組織の本拠地。



 こうも簡単に指差されると、なかなかに現実味を感じられない。



「ホントかよ」

 そう言いつつ、脇のホルスターの重みを意識しつつ、ゆっくりと近づいていく。

「今は、誰もいませんから大丈夫ですよ。留守番の人間は、先ほど出かけていきましたので」

 その言葉も、どれだけ信じていいか。

 だが、本当だとしたら、急がなくてはいけない。

「裏に回ってガラスを破るか」

 そうつぶやくと、灰色の天使は、それを否定した。

「正面から行きましょうよ」

 そして、正々堂々と玄関のノブに手をかけ、いとも簡単に開けた。

「え、鍵……」

「かかっていたら、開ければいいだけの話です」

 そう言って、堂々と侵入する。

 佐々木は、慌てて追いかける。



 リビングを抜けて奥の部屋へ。

 順番に確認していった三つ目が書斎風の部屋だった。

 机の上にパソコンはない。

 組織の機関紙が何冊か。



 手がかりは……。



「佐々木さん」


 灰色の天使が、机の上のメモ帳を手にしていた。

 そこには走り書きの「神谷町ラフォーレ 12日、23時」の文字。

「神谷町のラフォーレって……何だ?」

「神谷町には、環境省の原子力規制室の事務所がありましたね、たしか」

「まさか……」

「彼らのテロの標的としては十二分な場所かと。ついでに、あのあたりは、大使館もたくさんありますよ」

「ヤツら……」

「証拠、でいいですか?」

「ああ。行こう。東京へ連絡して動こう」


 立ち去ろうとしたとき、佐々木は机の上の写真立てに気がついた。

 佐々木は手にとった。


 そこには、中年の夫婦と子どもの写真。



 その夫婦の顔には覚えがあった。

 組織の代表に間違いない。

 だが、意外だったのは、その間の子どもの方だった。



 佐々木は、その少女を知っていた。



 姉の娘、透子が通う中学校で出会った少女が、そこにいた。

 ハンバーガーショップで、事件に巻き込まれたはずの少女がそこにいた。



 いや、ちょっと待て。

 夫婦のプロフィールは割れていた。

 一応、宗教団体としての届け出も出ているくらいだ。

 戸籍にあるような情報はそらんじていた。

 そして、彼らに子どもはいなかった、いや正確に言うならはずだ。



 なぜだ。



 佐々木はその写真立ての写真を携帯のカメラで撮影すると、元に戻した。



「さ、行こうか」

 灰色の天使に声をかける。



「そうですね、行きましょう」



 佐々木たちは別荘を出た。



 そして、車に乗って、市街地へと向かった。

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