第38話 願い事

「じゃあ……」

「そう。私の願い事はよ」



「そのお母さんに、こんなところに追い出されているけどね」



 笑っていた。

 毒を含んだ笑みだった。



 母親を蘇らせて。

 そして、その母親は、自分につらく当たるようになり。



「で、でも優しい人だったんだよね」

「蘇る前まではね。少しずつ本性が出てきて、今はあの通りよ。私のことなんか見もしない親になったわ」



 どれほどの気持ちだったろう。

 自分の魂を賭けて願い、叶えたその望み。



 その結果が。



 あの母親。



 どれだけ苦しんだろう。

 後悔もしただろう。

 でも、その後悔は、すなわち人の死を願うこと。

 父親の伴侶を失うということ。

 弟の母親を奪うということ。



 せめて、雅を愛してくれれば。

 決して後悔はしなかっただろう。



 使い魔として、さまざまな仕事をしても。

 きっと耐えることができただろう。



「でも、私のせいだから。私があの日、ハンバーグなんて言わなければ……、お母さんは事故に遭うこともなく。そして私も、あの悪魔に会うこともなく」



 僕は雅に近寄って抱きしめた。

 今日の事故が、その記憶を鮮明に思い出させたのだ。



 封印しておきたかった記憶。

 忘れていたかった記憶。



 それが、身体中からあふれて。



「私がいる」

 思わず、そう口にした。

「僕がいる」



 僕は男であって、女の子であって。

 そんな、おかしな人間だけど。



「雅のそばには僕がいる。僕はそれが雅のせいだなんて思わない。でも、雅が自分のせいだと思うなら、僕がいっしょに背負う」



 雅が僕を見た。

 顔が涙でぐしゃぐしゃになっている。



 僕は雅を抱きしめた。




 雅が泣きつかれて眠ってしまったため、僕は雅の枕と毛布を用意し、とりあえずの寝床をつくった。



 どんな時間を過ごしてきたのか。

 どんな生活をしてきたのか。

 どんな環境で生きてきたのか。



 翻って自分は?



 人生が辛くて、逃避することを願い、そして今では女の子として生きている。



 情けないなあ。



 だけど、今はそんなことを嘆いている場合じゃない。

 どうやって、彼女を助けるのか。

 助けられるのか。



 そこを考えて。



 雅はこんな僕を好きだと言ってくれた。


 僕は?



 もちろん、雅のことが好きだ。

 実年齢を考えれば、ただのロリコンかもしれないけど。



 好きだし、助けなきゃ、と思っている。

 これは本当だ。




 だとしたら。



 もっとしっかりしなくちゃ。

 雅を支えなきゃ。




 僕はそう決意した。

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