第37話 ねがいごと

 その女性が、新しいお母さんになるのだと聞かされたとき、私はそのことを歓迎していた。

 小学生も高学年にもなると、父の再婚というものがどういう意味かは知っていた。



 父さんが、ずっと一人で私を育ててくれていたこと。

 そこに、とんでもない苦労をしてくれていたこと。



 だから、歓迎するつもりでいた。



 とは言え。



 私のことを見てくれるのかどうか、その点はすごく気になっていた。

 怒る人だったら嫌だな。

 やさしい人だといいな。

 そんなことをいつも考えていた。



 初顔合わせは、少しお洒落なレストランだった。



 私より少し年下の男の子をつれて現れた。



「あなたが雅さんね。はじめまして」

 優しい笑顔のその人は、少しお母さんに似ている気がした。

 ちょっとだけ安心した。


 とても優しそうな人だったから。



 身内だけの結婚式のあと、一緒に暮らすようになってからも、とても優しいお母さんだった。



「今日は智哉、塾の合宿だし、お父さんも出張だから、二人でごはん食べに行こうか」

 そんなお誘いで、私はお母さんと二人ででかけることになった。

 お母さんの、小さな車に乗って二人きりで。



「何が食べたい?」

「うーん、ハンバーグかなあ」

「じゃあ、びっくりドンキー行こうか」


 そんな感じで目的地は近所のファミレスになった。

 私が決めたのだ。


 目的地を。



 そして、車は町の中を駆け抜け、信号で一時停止。

 だけど、後ろから走ってきた車は、信号もお母さんの車も見えなかったらしい。

 そのまま、突っ込んできたのだ。



 私はそれに気づかなかった。

 後から、そう教えてもらった。

 突っ込まれたとき、私は車の中にいて、車ごと吹き飛ばされていた。



 気がつくと、ひっくり返った車の中で、お母さんは私を抱きしめていた。



「だ……いじょうぶ……?」

 声がした。

 頭から血が出ていた。

 鼻血も出ていた。

 細かに砕けたガラスの中で、血まみれのお母さんが私を抱いていた。


 私の足も動かなかった。


 ふと下を見ると、私の下半身と、お母さんの下半身が、おかしな形でシートに挟まれていた。



 感触がない。



「お……母さん……」

「よかった……、生きてた……」

「大丈夫……生きてるよ……」



 どれだけ時間が立ったのだろう。

 ヘルメットを被った大人の人たちが、私たちをひきずり出したところまでは覚えている。




 次に気がついたのは病院だった。



 テレビにでてくるような、よくわからない機械の真ん中に、お母さんがいた。

 そして、みんな沈黙していた。



「ご臨終です」




 その言葉がどういう意味かは知っていた。

 知っていた。



 死。



 二人目のお母さんが「今」死んだのだ。



 誰のせい?



 私がハンバーグを食べたいって言ったから?

 だから、お母さんが私を連れて行ってくれて……。

 だから、事故にあって……。



 私のせいなんだ。



 私のせいなんだ。



 私のせいなんだ。私のせいなんだ。私のせいなんだ。

 私のせいなんだ。私のせいなんだ。私のせいなんだ。

 私のせいなんだ。私のせいなんだ。私のせいなんだ。

 私のせいなんだ。私のせいなんだ。私のせいなんだ。

 私のせいなんだ。私のせいなんだ。私のせいなんだ。

 私のせいなんだ。私のせいなんだ。私のせいなんだ。

 私のせいなんだ。私のせいなんだ。私のせいなんだ。



 そこにいるのが怖くて、私は駆け出していた。

 気がつくと、病院の屋上に私はいた。



 私は怖くて悲しくて、屋上でうずくまっていた。




「やあ、お嬢さん」




 私に声をかけてきた人がいた。

 その人が悪魔だと知ったのは、もうしばらくしてからのことだった。

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