第32話 まつりのまえ

「ごめん、真琴。これ、お知らせ発信しておいて」

 雅から、手書きのメモをもらう。

「あ、ついでにこれも」

 楓から、綺麗につくられたチラシをもらう。

 これは、PDF化して、webに掲載。


「あと、よろしく」


 パソコン部は、一時的に生徒会執行部ならびに文化祭実行委員会に吸収され、システム運用係となっていた。

 お知らせの配信。

 イベントの告知。

 問い合わせの返答。



 それ、すべてが僕と美穂子先輩の仕事になっていた。



 文化祭本部となった生徒会室の隣の教室が、我らがパソコン部の展示教室。

 本来使うべきPCルームから、こちらに移されたのは、政治的駆け引きの故だった。



「真琴さん、ごめんねー、ホント」

「いえいえ。まあ、やっちゃいましょう」



 どうせ、雅と楓に「助けて」と頼まれたら断れない。

 断れないし、できれば大変なら助けてあげたい。



 だから、こういうポジションとして「運営側」に参加することは、あまり嫌ではなかった。



 一通り処理して展示の準備に戻る。



 何せ、今日はまだ本番ではない。

 本番前日。


 もっとも忙しい一日と言っても過言ではない。



 とうに日は暮れているが、校舎の中のざわめきは、一向におさまろうとはしていない。



 パソコン部だって、まだまだ展示準備は終わらない。



 まあ、展示物、といっても、今回の公式webサイトを大きなモニタを使って映すのと、その仕様書やソースコード(というほどたいしたものじゃないけど)の類。


 そこに、僕が作ったアプリの写真やQRコードを追加で展示。



 それがすべてなんだけどね。



 まあ、二人でできる展示なんてこんなもの。



 ただ、隣の生徒会室の喧騒は、ここの比ではない。

 時折、生徒会長の怒号も聞こえてくる。



「ごめーん、ちょっと休憩させて」


 さっきチラシを置いて出ていった楓が戻ってきた。

 右手にはペットボトルのスポーツドリンク。

 ため息をつきながら、床に直接座る。


「おつかれさま」


 そう言って、キャンディーを一つ、ポケットから出して渡す。

 酸っぱめのレモン。

 こういう、バタバタした時にはおすすめの味だ。


「ありがとーーーー」


「大丈夫?」

「ううん。全然。何でみんな前日になって、あれこれ言ってくるんだか。もっと、早めに言ってくれればいいのに」



 まあ、そうだね。

 そういうものだ。



「ごめーん、ちょっと休憩させて」



 まったく同じ言葉で雅が入ってきた。



「ごめーん、ちょっと休憩させて」



 続いて生徒会の会計をしている先輩が入ってきた。



 みんな、床にへたりこむ。



 野戦病院か、ここは。



「今日は帰れないかもね―」

 会計の先輩がつぶやく。



「大丈夫? ホントに」

 これは美穂子先輩。

 会計の先輩とは顔なじみのようだ。



「祐実、楓、雅、休憩おしまい! やるよ!」



 生徒会長がつかつかとはいって宣言。

 三人がよろよろと立ち上がる。

 身体の疲労はありそうだが、目が爛々と輝いている。



「「「おー」」」



 叫びとともに戦場へ。



 なかなか過酷だな。中学の文化祭というのも。



 そこへ副会長さんが入ってきた。


「美穂子、ちょっと一緒にいい?」

「何? 何かお手伝い?」

「うん。ちょっと買い出しに行ってこようかと。みんな、まだ全然終わらないからさ」

「うん。荷物持ち?」

「ごめん、助かる」



 その話を受けて、美穂子先輩は僕に話しかけてきた。



「ごめん。買い出し行ってくるから、それまでは、いてもらっていいかな。戻ってきたら上がっていいからさ」

「どうせ、雅たちと一緒に帰りますから、全然いいですよ」

「そう。ごめんね。じゃあ、とりあえず、手があいたらモニターの準備とか、お願いしていいかな」

「はい、やっておきます」



 そして、黙々と一人で作業。

 男だったころの文化祭ってどんなだったろう。

 何か、バカみたいに騒いでいただけの印象しかない。



「美穂子―」



 振り返ると透子先輩。

「あれ? 美穂子は?」

「副会長とお出かけしました」

「そっかー」

 そう言いつつ、適当な椅子を引っ張り出して座る。



「真琴さんだったっけ?」

「はい」

「可愛いね」

「ありがとうございます」



 沈黙。



「お話しない?」

「はい。どうぞ……」



「真琴さん」

「はい」



「美穂子のこと、どう思う?」

「とてもしっかりした方だと思います」

「そうだよねえ。こんなぐだぐだな私に比べれば、ものすごくしっかりしているんだよね」

「何か気になることでも?」

「美穂子は私のこと、どう思っているのかなって」

「他の女の子のこととか、見てほしくないって思っているんじゃないですか?」

「本当かなあ」

「まあ、本当のところはわかりませんけど。透子先輩と美穂子先輩、本当に付き合ってるんですか?」

「おいおい。どういうこと?」

「いえ。とても仲がよろしいので、きっとお二人は恋人同士なのではないかと」

「えっ、そう見えてるの?」

「見えました」

「うーん。嬉しいような……」



 透子先輩は、言葉を切った。



「私はさ、多分美穂子が好きなんだよ。多分」

「多分?」

「だけどね、美穂子は私のこと、友達だと思ってるの」

「友達……」

「何度か窘められたよ。後輩をからかうなって。美穂子は、女の子が女の子を好きになるっていうことが、実感としてないんだ。だから、私のことを決して見てくれない」

「透子先輩」

「だからさ、何か意地になって、つい、やっちゃうんだよね。女の子に声かけるようなこと」



 透子先輩は、遠くを見ていた。

 遠くの何かを。



「だからと言って、私の友達をからかうのはやめてほしいとは思います」

「あ、楓ちゃん? 可愛いよね、あの子」

「そういうとこですよ。先輩」

「あ、ごめん。でも、楓ちゃんはわかってる。彼女は、今、この瞬間を楽しむために、憧れとか、恋心とか、みんなひっくるめて楽しんでいる。むしろ、遊ばれているのは、私のほうかもね。私の恋心は、ずっと置き去りだから」



「先輩……」



「ところでさ、雅さんのこと、好きなんでしょ」

「え」

「しかも、相思相愛と見た。うらやましいなあ」

「いえ、あの」

「もう、キスとかした?}



 ぶっ



「あ、あの」

「あはははは。可愛いよね。真琴さん」



「あー、透子。真琴さんいじったら駄目だよ」

 透子先輩が慌てて振り返ると、そこには美穂子先輩。

 手にコンビニ袋を下げている。

 中にはカップ麺。

「はい。真琴さんの分」

 どん兵衛天ぷらそば。

「お湯はあとで生徒会から回ってくるから。アレルギーとかあった?」

「あ、いえ。大丈夫です」

「で、これは透子の分。そろそろ来るかな、と思ってたよ」

 スーパーカップ博多とんこつ味。

「えー、いいの?」

「あたしの分は、別にあるから大丈夫」

 と、取り出したのはカップヌードルのカレー味。



 何で、このチョイスだったんだろう……。



「はい。透子、展示の手伝いならできるでしょ」

「もちろん。まかされましょう」


 人手が増えると、展示は一気に進んだ。

 机を移動させて、展示スペースをつくり、そこにPCルームから借りてきたモニタを設置。

 PCは背後に隠して、一回り小さなモニタをクローン設定に。

 wi-fiの電波を拾って接続。



「見えてます?」

「うん。大丈夫」



 透子先輩がメインモニタを確認している。



「はーい。設定OKです」



 僕のアプリの方は、QR付きの解説文をプリントアウト。

 ワイヤー固定のスマホとかあればいいんだけど、さすがにそんなものは備品にはない。



 とは言え、概ね完了。



「はい、じゃあ、そろそろ食べましょう」

 タイミングを見てお湯を入れておいてくれたらしく、カップ麺は完成している。



 僕らは、三人固まってカップ麺をすする。



「美穂子先輩は、いつからコンピュータ触っているんですか?」

「私? 小学校の3年生ぐらいかな。コーダー道場っていう教室が近くでやっててね。それから。透子も最初は一緒に通ってたんだよ」

「う……。私の黒歴史だ……」

「透子先輩も?」

「私は適性なかったの」

「適性……ですか?」

「そうねぇ。適性というより、先生と相性悪かっただけなんだと思うけど……」

「だって、あの先生、私のことべたべた触ったんだもん」

「透子、あのころから可愛かったからねえ」

「美穂子も可愛いかったじゃん」

「あたしは、まあ、あまり明るい子じゃなかったし」

「そんなことない」

「透子、困らせないで」



 あー、お姉さんと妹の関係なんだ。

 この二人。



 そんな気がする。



「透子先輩から見た美穂子先輩って、どんな方なんですか」

「女神」

 即答。

「透子。真琴さんが本気にするでしょ」

「いや、本気なんだけど……な。じゃあ、真琴さんから見たらどうなの? 美穂子は」

「えっと、頼れる先輩、ですかね」

「え」

 美穂子先輩が頬を染めて、こちらを見る。

「コンピュータの周辺にいる人って、私もそうですが、人付き合いの苦手な人間が多くて。私もその一人です。だけど、美穂子先輩って、人との関係性もきちんと取れるのに、こちらのこともわかる、みたいな感じがあって。頼りになるなあ、と。あと、美人さんですし」

「真琴さんが、それ言うと嫌味な感じもするけどね」

 と、笑う。



 そんな話をしつつ、食事を終えると、あとは仕上げ。

 いらない物を片付けて、受付を用意して。



 そして、パソコン部の展示は完成した。


 時間は、そろそろ九時前になろうとしていた。



 校内のざわめきも少しずつ静まりつつある。

 さすがに、中学生女子で、徹夜という選択肢はないらしい。


「そろそろどう?」


 先生が顔を出しに来た。



「あ、もう終わりでーす」

 と、美穂子先輩。



「じゃあ、パソコン部は、終わりね。はい、また明日ね」



「さあ、片付けようか」

「そうですね。あ、ちょっと隣見てきていいですか?」

「あ、いいわよ。というか見てきて」

「はい」



 生徒会室は、意外と落ち着いていた。



 顔を出すと、雅が声をかけてくれた。

「パソコン部はおしまい?」

「うん。とりあえず、一通りはね」

「こっちもおしまい。あとは明日」

「ご苦労さま」



「さー、みんな帰るわよ―。あ、明日は七時前には生徒会室集合ー」

 生徒会長が叫んでいた。



 まだまだなかなかに過酷な時間は続くようだ。



 僕らはそれぞれ家路につき。

 そして、文化祭の朝を迎えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る