第33話 天使のたまご 1

 佐々木大輔は、紙のファイルを眺めながら悩んでいた。

 ハンバーガーショップの通り魔事件。


 ハンバーガーショップで食事をしていた中年男性が、突如柳刃包丁を振り回し、中学生を人質にとって大暴れした。

 その挙げ句、駆けつけた警官に射殺された事件。


 中年男性の名前は佐藤康太。48歳。

 職業はコピー機のメンテナンス。

 家族は妻と年老いた母。子どもはなし。


 動機は不明。

 全部抱えて天国へ行ってしまった。



 ゴールデンバットに火を点け、煙を吸い込む。



「この事件に、どんな関係があるんだよ」



 会いに行ってみるか……。

 家族は、まだこの住所に住んでいるかな?

 ワイドショーでも、いろいろと話題になっていたため、家族が引っ越してしまっている可能性も十分にある。



 とりあえず、足で稼ぐ。

 佐々木は常にそうやって生きてきた。



 ファイルをデスクに放り出し、上着を羽織り、外へと出た。



 佐藤の自宅は、郊外の古い住宅街の一軒家だった。

 両親が建てた家に、妻と一緒に住んでいた。


 覆面を近くのスーパーの駐車場に止め、そこからはゆっくりと歩く。

 いたって普通の住宅街。


 だが、途中に建設中の新築一軒家が混ざっているあたり、世代交替の始まっている地域なのだろう。

 佐藤は、そんな町の住民だったわけだ。



 十分ほど歩くと、目的の住所。

 表札に「佐藤」の文字を見つける。



 案の定、と言っていいのか、「売却物件」の看板が立っていた。



「ふむ」



 そうだろうな。



 人の口に戸は立てられない。



 追われるように引っ越していった家族の姿が目に浮かぶ。



 家は、古びているものの、普通の家だった。

 だが、佐々木の目は、「ある物」を見つけた。



 引っ越し時のゴミなのだろう。

 ドアの前に無造作に縛った古新聞の束が積まれていた。

 その上に、一冊の小冊子。



 タイトルは「煌めきの空」



 カルト集団「煌めきの空」の宣伝広報誌だ。

 佐藤は「煌めきの空」の信者だったのか?

 最初に公安のデータベースで検索したときは引っかからなかった。



 だけど。

 何らかの関係者だったことは間違いない。



「その家の人なら、もう一月くらい前に引っ越していったわよ」

 背後から声。

 人の好さそうな中年女性がそこにいた。

「いやー、そうですか。私、文芸リアルという雑誌の記者をしていまして。ちょっと取材で……」

 白々しく嘘を並べる。

「あー、あの事件?」

「はい。いろいろと調べていると、何か宗教みたいなのが……」

 そうつぶやくと、女性は指を口にあてて、沈黙を示唆した。

「壁に耳ありだよ」

「す、すみません」

「奥さんだよ。奥さんがカルトみたいなのに、はまっててさ、旦那は嫌がってたんだよ」

「旦那が嫌がってた?」

「ああ。あの旦那さん、本当に包丁振り回したの? だとしたら、相当追い詰められてたんじゃない? いい人だったからね」

「追い詰められてた……」

「結構、夜喧嘩してたよ。出ていけ、とかね」

「そうですか。いいことを聞きました。ありがとうございます」



 何かが見えてきていた。

 糸口が見えてきていた。

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