第31話 幕間

 佐々木大輔は、冴えない中年、という言葉のよく似合う風貌の男だった。

 背中を少し丸め、やれたコートを羽織り、咥える煙草はゴールデンバット。

 スーツは「洋服の青山」の吊るし。

 ただし、靴だけは、英国製の高級品。

 それを二足、毎日履き替えて、丁寧に使っている。


 妻子はなし。


 お巡りさんとして、交番勤務から始まって、いろいろ経て、県警公安部の所属となった。

 そして今は、部下というか、若い同僚とともに、地べたをはいずる仕事をしている。



 今、動いている案件は宗教カルト組織「煌めきの空」の内偵だった。



 東海三県に渡って勢力を拡大している組織で、暴力団幹部の信者も存在している。

 過激な環境主義、自然主義を信条とし、各地の環境デモに対して、人を送り込んでいる。


 ただ、それだけなら、公安が動くレベルではなかった。

 その程度の組織、世の中にはいくつも存在している。

 公安が、この組織の内定を本気で始めたのは、北陸電力の原発テロへの関与が疑われたからだ。


 事が事だけに、公表はされてはいないが、原発への潜入を試みた一団があった。

 核物質強奪を目的としたその一団は、公安組織のカウンターテロによって、事なきを得た。


 そして、その一団の中に「煌めきの空」の信者が存在したため、監視レベルは、ぐんと上がった。



 しかも、最初に担当した捜査員は、四ヶ月ほど前に姿を消した。

 港区周辺での足取りを最後に、消息不明だ。



 彼らが核物質の密輸を企んでいる、という情報を得て、動き始めた捜査員たちは、山中の一軒家で、心中死体として発見された。



 そして、それを引き継いだ捜査員は、工事現場で口論の上、殺された。

 こちらは、明確に手を下した者がわかってはいたものの、その男と「煌めきの空」との関与は見つけられなかった。



「何か」があるのは間違いなかった。

 そして、現在、主導権を向こうが持っている、というのも気に入らない。


 何とか、尻尾を掴んで「壊滅」に追い込む。

 それが佐々木の想いだった。



 型通りの報告を上司にした後、昼食のために入った喫茶店で、煙草を燻らす。

 煙草飲みの居場所も狭くなった。


 こういう、年寄りが昔から経営している個人経営の喫茶店は、最後のオアシスだ。



 ランチという名の生姜焼き定食を平らげ、アフターのブラックコーヒーを飲みながら、ニコチンを肺に入れていく。



 そこに、一人の男が入ってきた。



 くすんだ白色の男だった。


 白髪に、やけに白い肌。

 少し不健康なイメージを感じる。


 着ている服は、と言えばグレーのスーツ。

 合わせたシャツは白。

 ネクタイは、かろうじて薄いベージュ色。


 灰色、と言いたいところだが、全体として「白」というイメージを感じた。

 いや、色素が「薄い」という言い方の方が正しいか。



 その男は、佐々木のもとに近寄ってきた。


「佐々木さん、ですよね」

「はい」


 全身に緊張が走る。

 ホルスターには、愛用のワルサーPPKも潜ませてある。

 いざとなれば使う必要があるのか。



 視線があった。



 男は両手を広げた。

 武器を持っていないという意思表示。



「敵意はありません。お話をしたいだけです」



 佐々木は無言で席を提示する。

 男は、片手を上げてクリームソーダを注文した。



 緑色の液体の上に、ソフトクリームの乗ったグラスが置かれると、男は嬉しそうにソフトクリームをスプーンですくってなめる。



「私は――と言います」

 男の名前が聞き取れなかった。


「私は、あなたを助けるためにやってきました」

「助ける?」

「あなたは『煌めきの空』という組織を追っている。そうですよね」


 なぜ、それを。

 佐々木は、口に出さずに、男を見つめる。



「あの組織は、悪魔が関与している。人間の手では追いきれません」



 悪魔?

 その言葉で、佐々木は「煌めきの空」の関係者と連想した。

 だが、あまりにも稚拙すぎる説明。

 それが公安の人間に通じると思っているのか?



「悪魔の存在などは、信じられておりませんよね」

「もちろんだ」

「では」



 男は何もないところから煙草を出してみせた。



「中世じゃないんだ。いくらでも手品のタネは仕込める」

「そうですよね。まあ、信じるも信じないも、あなたの自由です」



 出した煙草をくわえて、火をつけた。

 美味そうに吸う。



「調べてみられるといい。この近くのハンバーガーショップで、通り魔が暴れる事件があった。その事件、覚えていらっしゃいますか?」

「ああ」

「その背景と、関係者。何が起こっているかを調べてみるといいでしょう。それから、またお会いしましょう」



 男は立ち上がった。



「何者だ。あんたは」

「私ですか? 悪魔と敵対する者です。そう、あえて言うなら」



 一旦言葉を切る。

 そして発した。



「『天使』ですかね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る