第25話 雅 7

 勇気を出して応募したオーディションは、オーディション中に自殺する人が出るという、急転直下な展開で終わった。



 せっかく、勇気出したのにな。



 そんな不満を持って迎えた、夏休みの登校日。

 私は同じクラスの楓とおしゃべりをしていた。



「楓って透子先輩のことが好きだよね」

「ななななな何言い出すのよ」

「だって、この間競技会、わざわざ見に行ってたじゃん」

「……悪い?」

「そんなことは言ってない」

「じゃあ、何?」

「人を好きになるって、どんな感じなんだろうって」

「むむ。ちょっと待って。ねえ、ひょっとして」

「親友として、仮定の問題に真摯に答えることを望みます」

「親友として、正直に胸の内を明かすことを要求します」



 お互い、見合わせて、くすりと笑う。



「まあ、先輩としてお答えしましょう」

「先輩? 片恋じゃん」

「そ、そういうこと言うの? 雅」

「はは、ごめんなさい」


 これは私が悪かった。

 恋心っていうのは茶化していいものじゃないんだ。きっと。


「何かあったとき、いろいろ気になるのが『恋』だと想うの。あの人に何かしてあげたい、とか。喜ぶ顔が見たい、とか。家族だと、互いの喜ぶ顔が幸せでしょ。他人の中に、その『家族』を見出すのが『恋』なんじゃないかと」

「ずいぶんと深いわね」


 家族というキーワードに、いろいろ引っかかりを感じてはしまうけど……、まあ、わからなくはない。



 だから、恋愛の果てに「結婚」という家族になる儀式が待ち受けているのだろう。



「でも、透子先輩って、家族にするの、無理くない?」

「今どきは同性婚っていうのもあるんだよ、雅。まあ、でも、うちみたいな古い家だと無理かもね」

 楓の家は呉服屋だ。古い時代から商売しているのだから、そういう思想は、なかなか受け入れがたいものがあるだろう。

「だからこそ、恋っていうのは、『憧れ』という要素を含んでいるの。もし、そうなったらいいな、とか。それを想像してわくわくするのは、決して悪いことではないと思うの。雅も、そういうわくわくしたものを感じているんでしょ」

「わくわく……か」



「好きとか恋とかは、よくわからないのよ。でも、一緒にいる安心感は感じる。これって恋なのかしら」

「うーん、まだ恋かどうかはわからないな。雅、まだ冷静だし。恋したら、多分、そんな相談はしないと思う。恋だったら、相談の内容は『どうやって振り向かせるか』よ」

「あ、何となく納得した」

「そうよね」



 男の人だけど女の子。



 私は私の中の気持ちを持て余す。



 さあ、どうしたものだろう?

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