第24話 雅 6

「こんにちは。お姉さんはお姉ちゃんのお友達?」


 智哉が、そんな風に声をかけていた。

 智哉はいい子だ。

 小三だけど、きっちり空気を読んだりもする。

 家族で妙な空気になると、無邪気な発言で、一瞬空気をかき回し、穏やかにさせる。



「お母さんのことは、何かごめんなさい」

 私に向かって言った言葉だ。



 再婚した父の連れ子と母の連れ子。

 私達は、本来上手く行かない関係かもしれない。



 だけど智哉は、それを理解しつつ、家族のかすがいであろうとする。

 だから、私も努力しなくちゃ。



 そうは思う。



 テーブルの上は、お母さんの手作り料理。


 色とりどりの、いわゆる「映える」食卓。

 きっと、すでにインスタに上がっているんだろう。




「智哉がこういうのが大好きなのよ。真琴さんは、こういうの好き?」

「あ、はい。大好きです」



 真琴は本当にこういうの好きなのかな。

 何か、ジャンクフードばかり食べているイメージがあるけど。



 食事中は、お母さんの独壇場。

 だけど、ところどころ私に対する嫌味を入れてくる。



 悪気はないのだとわかっている。

 ナチュラルに嫌味を言う。


 人を褒めるとき、その相手を落としていく。

 ただ、それだけ。

 落としていくことに、何の引け目も感じないし、悪意もない。



 だから余計に腹が立つ。

 だから余計に悲しくなる。



 お母さんは、一応、私のお母さんでもあるんだよ。




「真琴さんは、親御さんを亡くされて、お一人で暮らしているんでしたよね。ご立派だわ。そういう自立心は、しっかりしているのね。雅も、いつまでもお父さんに甘えるばかりでなく、きちんとしないとね」

「はい。お母さん」



 あ、私に振られた。

 はいはい、そうよね。私に比べれば、真琴は立派よ。

 何せ、悪魔にお願いして、美少女になった「大人」なんだから。



 ふと、見ると真琴が横目で見ていた。

 あー、お母さんの言いように、ちょっと気づいた。


 そうよね。

 こんな会話をしていたら、何か「おかしい」と感じるわよね。



「ご飯食べたら、私の部屋に行こうか」

「ありがとう」



「美味しい? 真琴さん」

「ええ。とても美味しいです」

「お母さんが亡くなると、どうしても、こういう手のこんだもの、なかなか食べれないわよね。たくさん食べていってね」

「はい。ありがとうございます」



 食事がすむと、真琴と一緒に私の部屋に移動した。



 この間掃除したばかりだから、物はきちんと整理されている。


 真琴の視線は、私の本棚に向いていた。



「すごい本の量だね」

「あなたも似たようなものだったじゃない」

「まあ、それはたしかだけど」



 さあ、言っておかなくちゃ。

 私のこと。


 そう、何か真琴には知っておいてほしい、そんな気がするから。

 どうしたんだろう。


 この人、信用していいのかな、と思う気持ちと同時に、すごく「知っておいて」ほしい気持ちが湧いてくる。



「ごめんなさい」

「何?」

「嫌な想い、させちゃったよね」

「気にしないよ」


 外見は美少女のくせに、私に向かっては、そういうぶっきらぼうな言い方をよくする。

 まだ、女の子になりきれていない。


「平気……なの?」

「は? そんなわけないじゃん」

「ごめん……」


 あ、謝らせちゃった。

 そんなつもりはなかったんだけど。



「お父さん、再婚でさ。本当のお母さんかどうかとか、私は関係ないって思っていたんだけどね」


 そう。関係ないって思っていた。

 だけど、そうじゃないんだよ。

 この世は、決して善人ばかりじゃない。

 悪人でもないんだと思う。

 よくわからない。


 わかるのは、人はナチュラルに地獄を現出させるんだってこと。



「そうじゃない人もいるんだなって」



「何か、できることがあれば」

「大丈夫。これもあたしへの『罰』なんだと思うし」

「罰?」


 そう罰。

 だけど、今はまだ。



「ごめん。何でもない。忘れて」



 まだ言えない。

 私が悪いのだ。

 私のせいなのだ。



 人は犯した罪によって、罰を受ける。



「ねぇ、そろそろ……」


 え? 待って、帰らないで。

 今、一人にしないで。



「駄目。いて」



 思わず、がしっと、手を掴んでしまった。



「お願い」

「わかった」



 ありがとう。

 何か、今日はまだ一人になりたくない。



 真琴といて、弱くなったのかな。



 真琴は本棚を覗いて、一冊の本を取り出した。

「ねえ、これはどんな話?」



 漫画だ。

 AKB49。


 男の子が、好きな女の子のために必死にがんばる漫画。

 そして、女の子の方も、その男の子に影響を受けて、アイドルの道を上り詰めていく。



 あ、そう言えば。



「あ、それ読んだ方がいいかも。男の子が、好きな女の子のため、女装してアイドルグループに入る話。真琴は好きなんじゃない?」



 美少女になりたかった人には、このお話、どうなのかしら。



 ぺらぺらと読み始めたら、いつの間にやら全然止まらなくなったようで、次から次へと読んでいく。


 あ、はまった。

 ちょっとうれしい。



 読んでいる中、少し悪だくみが浮かんだ。


「ちょっとスマホ貸して」

「ああ、うん」



 私は、そのままローカルアイドルのオーディション応募ページを開く。



 真琴と一緒なら、勇気が出るかも。


 ぽちぽちと必要項目を入れていく。

 そして、自分のスマホでも同じように。


 一通り終わっても、まだ漫画に夢中。


 何か、可愛いな。



 外見は可愛い美少女というのは百も承知だった。

 それを踏まえているのに、心のそこから「可愛い」という気持ちが湧いてきた。



 ぺたり、と横に座る。

 体温?

 そこに「在る」感覚。

 それが心地よかった。



 目が合った。

 にこりと笑ってみせた。



 結局、真琴は大量の漫画本を借りて帰ることになった。

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