第9話 プロデューサーさん、犯人ですよ!

 警察がやってきた。

 僕たち、オーディションを受けていた四人の少女と審査員の二人は、警察に拘束されていた。


 事件現場にいた六人。



 まあ、犯人候補、ということだ。



 たしかに、閉ざされた部屋にいた六人。

 他には、誰も入室していない。


 全員が容疑者だった。

 だが、全員が互いに証人でもあった。



 激しいダンスの後、席につくまでの間。

 その間に、殺人は行われた。




 警察の人間の事情聴取が始まった。



 最初に審査員の一人目。

 近藤拓哉。


 中年の男性で、オーディション主催の芸能プロダクションの社長。


「彼女は、激しいダンスを踊って、八問の質問に答え、答え終わると、席に向かった。そして倒れた。その間、誰も彼女に近寄ってはいない」



 審査員の二人目。

 川口公平。


 フリーの作曲家。


「ダンスは激しかった。もし、彼女がここに来る前に刺されていたら、あんなダンスはできないだろう」



 オーディション参加の一人目。六番。

 雪藤宇美。


「素敵なダンスでした。オーディションが最後まで行われても、私は決して勝てなかったでしょうね」



 オーディション参加の二人目。七番。

 一条雅。


「質問の答え方も、とてもはきはきしていました。お腹を刺されていたとしたら、あんな風に答えられたでしょうか。私にはちょっと信じられません」



 オーディション参加の三人目。八番。

 僕。


「立ち上がって近づきました。その時は、お腹にナイフが刺さっていました。とても痛そうな表情は覚えています」



 オーディション参加の四人目。九番。

 高槻萌。


「私はもうびっくりしちゃって。振り返ってこちらに向かってきて。その時は、満足げな表情でした。そして、椅子に座ろうと、少し向こうの方を向かれました。その時は、お腹は見えませんでした。そうしたら、いきなり倒れられて。どうしていいものかと」




 警察官は二人。

 大人のおじさんズ。



 死体のあった場所には、白いチョークで書かれた「死体のあった場所の印」が書かれている。

 これ、固有名詞あるんだろうか。

 あるんだろうなあ。



「誰かが、戸隠さんに、触れた、という事実はないわけですね」



 全員、口裏合わせてなければね。

 オリエント急行殺人事件だっけ。



「この中に、もともと戸隠さんと知り合いだった方はいますか?」



 川口が手を挙げた。。

 審査員二人のうち、フリーの作曲家の方。


「僕が指導員として入っている、養成所の生徒だった。今日も僕が彼女を推薦していた」


「他には?」


 誰も返事はしない。

 まあ、そうだろうね。


「何か、彼女に害意のありそうな人間、思い当たりませんか?」

「いや。知らない。ただ、彼女は非常に自信家で、なおかつその自信にふさわしい実力もあった。だから、養成所で、彼女を妬む者がいたとしても不思議ではない。だが、今日、その養成所から来たのは、彼女だけだ」


 ついでに、この場で会ったばかりの子たちが、そこまで考えるとは思えないよね。

 正直、僕もすごいな、とは思ったけど殺意までは……。



 このオーディションに賭けていた、というなら違うのかな。

 いや、そんな馬鹿なことはないだろう。


 必ず、この容疑者ラインから外れることができるならともかく。



 とは言え、この殺人。

 可能性は一つある。


「絶対安全な状態で、戸隠を殺したい」

 そういう望みを「魂を賭けて」お願いすればいいのだ。

 そうすれば、物理的制約は、あっさりと越える。



 この間のアニメで言っていたよね。



 誰でも、どんな状況でもできるなら、糸口になるのは「なせやったのか」だ。




 思い出せ。





「彼女は、激しいダンスを踊って、八問の質問に答え、答え終わると、席に向かった。そして倒れた。その間、誰も彼女に近寄ってはいない」



 芸能プロダクションの社長は、そう語った。

 それは僕も見ている。


 八問の質問。



「なぜアイドルになりたいのですか」

「私は、アイドルになるべき人間だからです」


「自分のアピールポイントを教えて下さい」

「容姿とスタイル。その上で踊れる、歌えるというフィジカルの高さ」


「両親が賛成しているかどうか」

「大賛成しています」


「尊敬している人はいますか?」

「クリスティン・チェノウェス」


「あなたの趣味、特技はなんですか?」

「歌。聞くのも歌うのも。最近は、古い定番曲が好きです。ロックとかも好きです。Queenとか」


「芸能界に入って一番何をしたいですか?」

「ミュージカルと映画。ミュージカルは、その時、その場でしか存在しないという希少性。映画は、その一瞬を切り取って保存する、という点に興味があります」


「将来、どういうキャリアを積んでいきたいですか?」

「ここをステップにして、東京へ出て、最終的にはハリウッドで映画女優になるか、ニューヨークでミュージカル女優になりたいです」


「このオーディションでなくてはいけなかった理由」

「川口先生がご紹介してくれたからです」



 正確ではないけど、こんな感じだったはず。

 クリスティン・チェノウェスって誰だ?


 まあ、そこは関係ないだろう。



 だけど、少しだけ違和感があった。


「川口先生がご紹介してくれたからです」


 ローカルアイドルオーディションだ。

 これは。


 映画の子役でも、ミュージカルでもない。

 目標がはっきりしていて、これだけ自信があって、なぜ川口先生?



 女の子が、自信があって、目標がはっきりしていても、あえてその道を選ばない、ということなら。



 その理由はただ一つ。




 恋だ。




 わかった。

 おそらく、戸隠は、川口に恋をしていた。


 だけど。


 なぜ死ぬ。なぜ殺す。



 死ぬほど好きだったのか。

 好きではなかったのか。



 当てつけなのか。



 もう一本、何かきっかけが欲しい。


 いきなり、雅が口を開いた。


「あんなに素晴らしいダンスだったのに、何でこんなローカルアイドルオーディションに応募させたんですか? 東京の、もっと大きなオーディションでも受かりそうなのに」

「それは、僕への質問かい?」

「はい。とても素晴らしかったです。だけど、私達、彼女とだったら、競争にもならない。何で、こんな実力のある人を、ここに推薦したんだろう、って」

「どんな才能ある人間も下積みは必要さ」

「カメラの前で、どうでもいいレポートをするのが、下積みなんでしょうか。そんなこともわからないような先生ではないと思うのですが」




 ああ。



 僕は立ち上がった。


 身長140センチの僕が立ち上がっても、たいしたことはないんだけど。


「川口先生、戸隠さんは、あなたに恋していました。だから、あなたが『このオーディション』に出るようにすすめたから、ここに出てきた。でも、実際に来てみて、絶望したんですよ。こんなレベルの低いオーディションに出されたって」


「だから?」


「だから、戸隠さんは、先生への当てつけに死んでみせたんですよ。恋する少女の目いっぱいのプライドを持って」


「は?」



「彼女は、あなたに振り向いてほしいから、なんていう理由じゃない。あなたを後悔させたいから『自分の手で刺した』んですよ」

「は?」



「戸隠さんにとって、自分の夢と等価だったのが恋。それが、こんなバランスの悪いオーディションに引っ張り出されたことで、自分自身の価値を見失った。だから死を選んだ」



「そ、そんな簡単なことで……」



「女の子の恋心を甘く見ちゃいけないということですよ」




 その三日後、彼女のインスタアカウントに、遺書が見つかった。

 川口は、悪意があって、あのオーディションに引っ張り出したわけでも何でもなかった。

 一人、オーディションに参加させたら、ギャラをプラス五千円出しますよ、という言葉に乗っかって、何も考えずに戸隠さんを呼んだのだ。




「五千円かあ」



「でも、あたしたちだって、一日八千円なんだから、たいしたことないわよね」

「そうだね」


 そんなことを喋りながら、僕たちはポーズを取る。



 ローカルファッションチェーン店のチラシ撮影だった。

 あのオーディションで、社長さんのほうはちょっと気に入ってくれたらしく、こんなちょっとした仕事が回ってくるようになった。


 アイドルというよりも、モデルだけど。



 まあ。



 とてもひさしぶりに「美少女」としての仕事をしている。


 そんな気がした。

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