第8話 プロデューサーさん、事件ですよ!

「新人発掘アイドルオーディション」

 そんな言葉が印刷された封筒が届いた。


 バーガーショップのイベントと同じく、悪魔に勝手に応募されたのだろう。



 と、いうことで、僕は例のごとく、オーディション会場にいた。

 雅と一緒に。


 でも、ちょっと雅の様子が違う。



 いつもの、ちょっと嫌そうな感じがない。

 緊張はしているけど、根っこには、このオーディションを楽しんでいるんじゃないか、という節がある。



「真琴っ。がんばろうね」

 すごく前向き。

 こっちも嬉しくなる。



 この間の、あんな姿を見てしまうと、笑顔を見るだけで楽しい。



「うん」

 右手の拳を突き出す。

 雅も、左手の拳を突き出す。


 そして、互いの拳を合わせる。


「「行こう!」」



 オーディション会場は、意外と地味だった。

 長机のテーブルに二人の男性が座り、その前に椅子が五脚ならんでいる。


 あとは、特に何もなし。


 まあ、そうだよね。



 オーディションに来ているのは、僕らを含めて、十五人程度。

 有名アイドルグループだと、そもそも応募だけで数千、数万というから、ちょっと桁が違う。



 まあ、地方都市のローカルアイドルなんか、こんなものかな。

 でも、初めての身には、このくらいの方がいいかもしれない。


 雅が七番。僕が八番。

 順番に進んでいく。


「あなたの特技は?」

「歌です。歌えます」


 雅が、審査員の質問に答えている。

「じゃあ、ワンフレーズだけ歌ってもらおうか。何が歌える」

 その質問に対して、おじさんが歌っているテレビCMの歌のタイトルを上げた。

「は? はあ、まあいいや、歌って」

 歌声は、オペラのように澄んだものだった。

 ずいぶんと格調高い歌声。


 そんな声で、ピアノを買い取ります、なんて歌っているから、違和感がものすごい。


「あ、ありがとう……」


 審査員がちょっと絶句していた。


 ま、まあそうだろう。

 芸としては、結構ものすごい。


「じゃあ、最後に、前髪あげてもらえます?」

 雅は右手で前髪をあげた。

 ちなみに、眼鏡はしていない。



 眼鏡あるほうが可愛いと思うんだが。



 僕は、と言えば眼鏡をしたままだ。

 そこは変えない。



「じゃあ、八番の方」


 僕の番。

 自己紹介を簡単に。

 二度、くるりと回らされた。


 いくつかの質問を重ねられた。

「特技は?」

「swift使って、アプリが作れます」

「は? swift?」

「コンピュータ言語です」

「へえ、どんな」

「スケジュール管理アプリ程度です」

「君はオタク?」

「否定はしません」

「ふーん」


 いや、おい、ふーん、てなんだ。ふーん、て。


「はい、ありがとう」


 そして、九番、十番と続いた。

 だけど、その十番が圧倒的な光をはなっていた。



 一挙手一挙動に自信があふれていた。


「戸隠早苗」


 そう、彼女は名乗った。


 スタイルは抜群。


 特技は楽器演奏とダンス。

 そして、ダイナミックに踊ってみせた。



 質問が明らかに多い。


 そして、最後の締めの一言。


「私以上に、ふさわしい者がいるかしら?」



 そう言って席に戻る。



 そして、座れずに、そのまま転げ落ちた。


「?」


 僕は慌てて立ち上がった。

 九番の子は、逃げ腰。

 僕はそのまま駆け寄って……。


 戸隠早苗の腹に、ナイフが刺さっているのを見た。


「お、お腹にナイフ!」



 審査員たちががたりと立ち上がった。



「みんな、そこを動かないで」

「警察と救急車だ!」



 オーディション会場は騒然とした。

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