第10話 お母さんは二度ベルを鳴らす

 ぴんぽーんぴんぽーん。



「?」



 呼び鈴が鳴った。


 僕は、ドアモニタを覗く。

 そこには、雅のお母さんが立っていた。


「??????????????????????」



 何故? の嵐。



 とりあえず、無視するわけにはいかない。

 と、いうことで玄関へ。


「こんにちは。少しお話があるの」

 お母さんは、にこりと笑って言った。



 とりあえず、テーブルに座ってもらう。

 ぐるりと見回している。

「一人暮らしの割には、小綺麗にしているのね」

「ありがとうございます」


 だいぶ掃除したからね。

 ゲーミング用のごっついデスクトップパソコンとか、やたらデカいモニターとかは、女の子の部屋には不似合いかもしれないけど。



「学校は行ってないのよね」

「すみません」

「行く気はあるの?」

「怖くて……」

 と、これは言い訳なんだけど、怖いのは本当。

 女の子がたくさんいるところで、うまくやれるかどうかがわからない。

「で、でも相談員さんには、相談してて……」

「その相談員さんには会ってきたわ」

「え?」

「イジメにあってたそうね」

「は、はい」

 そんな設定だったっけ……。

「だから、公立に復帰するのは難しい、と言われたわ」

「すみません」

 お母さんは、こちらを見た。

 そして、鞄から封筒を一部出した。

「雅が通っている学校の中途特待生試験の案内よ。試験に受かれば、入学できるわ。秋からだけどね」

「え、どういう……?」

 意味がわからなかった。

「在校生の父母の推薦が必要だけど、そこの推薦は、うちがしてあげる。それなりに試験は難しいけど、相談員さんは、がんばれば受かるって言ってたわ」



 何 を 無 責 任 な こ と を 。



 後で相談員には、文句言っておこう……。




「特待生だから、学費は心配ないわ。公立みたいなイジメもないわ。だから受けなさい」


 あ、命令になった。


「受かったら、ここからだとちょっと遠いから、引っ越しなさい。二部屋あるところを借りてあげるから、そこに雅と暮らしなさい」


 は?



「おばさんはね、雅に独立心を持ってもらいたいの。お父さんへの依存が強い子だから。とは言ってもね、それで孤立するような子になってもらっても困るし。そうしたら、この子が友達ですって、あなたのことを紹介してくれたの。お友達がちゃんとできているっていう思いと同時に、本当に学校で大丈夫なのかしらって、ちょっと心配になってね。だって、あなたは学校のお友達じゃないでしょ。だから、一緒に学校でいてあげてくれたら、嬉しいかなって。それに、一緒に暮らす相手としても申し分ないかなって。今まで一人暮らししてたんだから、大体のことはできるでしょうし。そこは雅の先輩として振る舞ってくれればって思ったの。あなたにとっても悪い話じゃないでしょ。特待生だったら、学費は気にしなくてもいいし、大学までエスカレーターだから、きちんとした学歴もできるわ。それに、あそこ出身のお嬢様は、みんな結婚相手としても評判いいのよ。全然あなたにとって悪い話じゃないでしょ。こんないいお話を持ってきたんだから、私には感謝してほしいわね。でも、まあ、あなたから見たら、親馬鹿に見えるかもしれないわね。だけど、親っていうのは、やはり子どもが可愛いから、どうしても気にしてしまうものなの。幸せになってほしいってね。それに、一つ屋根の下に、血の繋がらない男の子と女の子がいたら、それはそれでいろいろ気になるでしょう。早いうちに切り分けておかないと、智哉にとってもとてもよくないし。あなた頭いいんだから、ちゃんと受かるわよね。うちの子のために受かってもらわないと困るんだから、しっかり勉強して」



「あ、あの」

 思わず遮ってしまった。



 何となくわかった。

 わかってしまった。

 僕は多分、雅のためにがんばるべきなんだ。



 思わず正座。



「雅のためにがんばります」



 そう言って、頭を下げた。






 世間が夏休みのとある日、僕は女子校の校舎で試験を受けることになった。


 改めて、中学時代の学習内容をやり直す。

 算数とかも、とにかく思い出すのが大変だった。


 できないわけではない。

 だけど、脳の引き出しがなかなか開かないのだ。


 それと、そもそも成績だけで、合格できるような学校ではない。

 推薦はあれど、不登校の実績もあるし、両親は不在という、あからさまに不利な状況。



 そこで、推薦書と合わせて心象をよくするために、と思って突貫工事でアプリを作った。

 男だった時代の能力をフル活用して、勉強時間管理のアプリを作り、とりあえず承認をとって、ストアに乗せた。



「学校にいってなかったとき、自分で勉強して、これをつくりました。将来はスティーブウォズニアックのようなプログラマーになりたいです」



 面接のときの切り札として用意し、案の定、面接官たちは、掘り出し物を見つけたという感じでうなずきあっていた。




 そして僕は、私立聖天使楽園学園女子中等部に通うこととなった。

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