第6話 ご一緒にポテトはいかがですか?

 僕はハンバーガーショップの店員の制服を身につけ、店頭に立っていた。

 バイト、ではない。

 ショップの子ども体験イベントへの参加だった。


 隣には、店舗のちゃんとしたスタッフが見守っている。

 お客さんたちも、微笑ましい風景として見守りつつ、買い物をしていく。

 

「ありがとうございました」

 雅の声。

 雅は、ダスターを持ってテーブルを回っている。

 


 僕ら以外にあと三人、このイベントに参加していた。

 保護者の人たちが、ビデオを持って、嬉しそうにその姿を記録している。


 僕も雅を撮影できるなら、ぜひ撮影したい。

 制服姿の雅は、正直可愛い。

 美少女のメリットは、美少女の近くにいても怪しまれないし、何だったら触ってもキモがられない、ということではないのか。



 何か、当初の目的からは、だいぶ反転している気がする。


 さて、ただ、何でこんなイベントに参加しているか、と言えば、これも仕事のうちだった。

 いきなり、応募した覚えのない当選メールが送られてきて、「出なさい」と、悪魔からのメール。



 何故かは、よくわからない。


 正直、わかるかわからないで考えてはいられなかった。

 使い魔としての仕事は、何をしているのかも、よくわからなかった。

 とりあえず、命令に従う。

 逆らおう、とすら思えないからだ。


 

 

「ご一緒にポテトはいかがですか?」



 何回、この言葉を言ったかな?

 言われる方は、気にしないけど、この言葉、何度も何度も繰り返すのだ。


 なかなかにしんどい話だ。



「お前ら、そこを動くな!」



 いきなりの罵声。

 振り向くと、そこには一人の中年の男が、雅を抱きかかえていた。

 左手で雅を抱え、右手は長い柳刃包丁。


 ポロシャツにチノパンという、ひどく「当たり前」の格好の男が、当たり前じゃない行動をとっている。

 雅は両手で男の腕を振りほどこうとしている。

「おとなしくしろ!」

 眼前に包丁を突きつけられる。

「顔に刺すぞ」

 上目遣いに、男を睨む。


「お、おい。子どもに何をするんだ。やめないか」

 男性の店員が、手を出して、へっぴり腰で近寄っていく。

「うるさい」

 男は店員の腕に向かって、包丁を振った。

 指が二、三本飛んだのが見えた。

「うわあああああ」

「きゃあああああ」

 悲鳴。



 どうする?

 助けなきゃ。

 僕はゆっくりと足を踏み出した。

 幸い、みんなの意識は、指を切られた店員に集中していた。


  

 飛び出した。

 包丁を持つ右手に向かって。


 右手を掴んでしまえば、僕に包丁が向くことはない。

 そして。

 僕を引き剥がすため、雅を放り出した。


「てめぇ、このガキ!」


 髪の毛を掴まれた。

 痛い痛い痛い。


 僕は涙目のまま、手に噛み付いた。

「うぎゃああああ」

 男は包丁を取り落とした。

「このお!」

 怒りにまかせて、男は僕をカウンターの方に放り投げる。



 カウンターの周りの人たちが逃げ出す。

 このタイミングで、ドアから脱兎のごとく逃げ出す人も。

「雅! 逃げて!」

「くそガキ、殺してやる!」


 近づいてきた。

「殺せるものなら殺してみなさいよ!」

 カウンターを乗り越える。

 キッチンには誰もいない。

 四つん這いにならながら、逃げる先を探す。

 

 男もカウンターを乗り越えてきた。

「お前、殺してやるぞ! そこ、動くな!」

 僕は、たまたま目についた、サラダオイルの缶を転がした。

 オイルが床一面に広がる。



「うおっ!」

 男が滑った。



 目の前には、クラムシェルグリル。

 バーガーを焼くためのグリルだ。

 当然、ついさっきまで、バーガーを焼いていたグリル。

 そこに倒れ込んだ。


「うぎゃああああああああ」


 煙を上げる腕と顔を上げる。

 そのまま、油に足を取られ、床に転がった。


 のたうちまわっている。



 そこに、キャスター付きのスチールのテーブルを蹴り入れる。


「きさまあ!」


「動くな!」

 制服警官が、拳銃を構えていた。

「ち、畜生!」

 僕へと手を振り上げた。


 銃声。



 男は前のめりに斃れた。


「ち、く……しょう。こんなところで……」


血走った目で僕を見た。

そして、そのまま事切れた。





 警察の事情聴取は泣きべそで躱した。

 親がいないということで、会ったこともなかった、児童相談所の僕の担当という人間がやってきた。

 そして、身元の確認とともに解放された。

「じゃあね」

 担当は、あっさりと別れを告げた。

「あの……」

 たった、それだけ?



 担当は悪びれもせずに、僕の方を見て、言った。

「悪いわね。私も『使い魔』だから。じゃあね」

 あ、こちらの事情も承知のうえか。

 相談所の人らしくない行動は、それで理解できた。



 そして、僕の後から、雅が出てきた。

 母親なのだろう、清楚な感じの女性と一緒にでてきた。

 一瞬、僕の方を見た。



 そして、意を決したように。

「お母さん、私の友達。真琴っていうの」


「は、はじめまして。斉藤真琴と言います」

 僕は頭を下げた。


「はじめまして。雅の母です。いつまでもお友達でいてあげてね」

「はい」

「そうだ。今度、ごはん食べにいらっしゃい。おばさん、腕を奮うからさ」



「はい。よろしくお願いします」

 頭を下げた。



 雅は僕から目をそらしていた。

 何だろう。



 だけど、僕は何も言わずに、その様子を見ていた。

 いろいろと違和感を感じながら。

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