第5話 掃除当番

 僕は雅と一緒にトートバッグを抱え、一日に数本しか走らないバスの車中にいた。

 下半田川停留所。

 そこが目的地だった。


「次はしもはだがわー。しもはだがわー」


 停留所に止まると、僕たちはICカードで料金を支払い、バスを降りた。



「何もないじゃない。本当にここ?」

 雅がぐちをこぼすのも、わからなくはない。

 道の途中の何もない場所の停留所。

 そもそも、右へ行くのか、左へ行くのか。

 僕は、スマホの地図アプリを開いて確認。


 もう少し先に行くと、横道があるっぽい。

 その先には集落。


 だけど、今回の目的地はそこじゃない。

 位置情報を見る限り、集落の逆側にピンが立っている。


 それを見ながら進んでいくと、木々の間に、細い隙間。


「これ、横道?」

「うーん。これかなあ。これしか考えられないし」 

 とは言え、草に埋もれ、普段だったら決して入る気にならない「道」。

「入ってみようか」

 カモフラージュ用の大きな虫取り網をふらふらさせながら、僕たちは草をかきわけ進んだ。

 何もない。

「何もないじゃない!」

「おかしいなあ」

 などと言い合いながら15分。

 そのあばら家が立っていた。

 雨戸はしっかりと閉められている。


 ただ、森の中から、電線っぽい何かが繋がっているっていうことは、電気が来ているということだろうか。


 裏に回り、三つ置いてある植木鉢の真ん中をひっくり返す。

 そこに、一本の鍵。


 裏口のドアは、化粧板が日焼けして、色あせていた。

 僕は、そのドアの鍵穴に、鍵を挿す。

 開いたドアの中は埃だらけだ。

 どこかの隙間から入る光の中で、埃が踊ってて、何となく綺麗。


 靴を脱いで「上履き」に履き替える。

 裸足とか、絶対に無理。

 雅が意を決したように言った。

「やるわ」

 ずかずかと部屋に入っていく。

 そしてまずは窓を全開。

「時間ないから手早くね」

「了解」

 水道を開くと水は出た。

 電気を試すと、ちゃんと点く。


 日本のインフラはさすがだ。

 でも、水道代と電気代、払っているということなんだろうなあ。

 

 この家自体は、平屋の2DK。

 

 雅はダイニングキッチン担当。

 三角巾を頭に巻いて、はたきをかけている。

 僕も残り二部屋のはたきをかける。

 一通り、はたきをかけると、掃除機で埃を吸い、最後に雑巾。



「きゃああああああ、真琴真琴真琴真琴真琴真琴真琴真琴真琴ーーーーっ」

 雅の叫びに駆けつけると、虫が窓にへばりついている。

 雅は涙目。


 僕は、そっと近寄ってはたきで追い出す。

 つまんで外に出す勇気はない。

 子どものころは、そんなこと、気にしなかったのに、いつから虫を触るのが駄目になったのか。


「ありがとう……」

「虫、苦手?」

「嫌。ぜったーーーーーいに嫌。あんなわさわさしたもの」

 

 そんなトラブルはあったものの、概ね掃除は終了した。

 合わせて、トートバッグの中のカップラーメンなんかの保存食を戸棚にしまいこむ。


「さて、こんなもんかな」

「そうね。行きましょう。バスに間に合わなくなっちゃう」


 僕たちは、もう一度戸締まりをして、裏口から出ていく。

 そして、鍵を戻す。



 草むらをかきわけて、道へと出る。



 バス亭にたどり着くと、しばらくしてバスがやってきた。

 日が暮れかけている。

「駅に着いたら、ごはん食べようか」

「そうね。その意見には賛成するわ」


 バスを降りると、片田舎の無人駅。

 当たり前のように、店などない。

「そう……だったわね。電車に乗ってしまいましょう。こんなところで食べるもの探すなんてナンセンスだわ」

「そうだね」

 その通りだ。

 

 だけど、とりあえず。

 自販機でカフェオレともう一本。

「何がいい?」

「コーラ」

「わかった」

 ごとん、と取り出し口に出てくる。


 それぞれ手に持って、駅のホームへと向かう。

 開けたカフェオレは甘い。

 糖分が身体に染み渡っていく。

 隣を見ると、雅がコーラ飲んでいる。

「ふーっ」と一息。

 可愛いな、と見てると、いきなり目が合った。

「何見てるのよ」

「い、いや、その、ごめん」

「いちいち謝らなくていいの!」

「あ、いや、その……ごめん……」


 ターミナル駅で降りた僕たちは、ようやく食事にありついた。

 大手チェーン店のハンバーガーとポテトだったけど、それはとても美味しかった。


 


 その日から一週間ほどたった後。

 ネットニュースに変死事件の記事が載った。


「○○日午後1時10分ごろ、半田川町の林道脇の別荘から、女性2人と男性1人の遺体が見つかった。いずれも20代とみられ、目立った外傷はなく室内に燃えた練炭があったことから、瀬戸署は、集団自殺した可能性が高いとみて身元などを調べている。


 警察によると、二部屋あるうち、それぞれ女性と、男性が別々の部屋に横たわった状態で死亡していた。同日午前10時50分ごろ「アプリで知り合った友人が練炭で自殺すると言っている」と署に通報があり、署員が捜索して発見した。


 現場は岐阜県境に近い山中」



 僕は気にも止めずに、スクロールした。

 

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