第19話隣の陽気なおばあちゃん
「あら! 隣の家の奥さん?」
「えっ」
「私はね、右隣の家に住む宮岸っていうんだけど――」
隼人にお呼ばれして、新居のインターホンを押そうとした時だ。突然見知らぬおばあさんに話しかけられ、口を開く間もなく自己紹介をされた。そしてあれやこれやと自分のことを話し、三分経った頃にようやく「あなたは?」と聞いてきた。
「私は吉木愛奈といいます。ここの――萩野さんの一人息子と付き合っています」
「あら彼女だったのね! んまぁ~こんな可愛い彼女がいて、その息子さんは幸せ者ね! ところでいつ結婚するのかしら。今日? 明日?」
「い、いえ……まだ決めてなくて……」
「あらあらまぁまぁ、早いほうが良いわよぉ。年をとったら子供が出来なくなっちゃう! 私の娘もね、なかなか上手くいかずに何度も病院に通っていたのよ。治療の甲斐があってなんとか子宝に恵まれたんだけど、それはそれは大変だったわぁ!」
一気に捲し立てられる。おばあさんが喋っている間は相槌を打つことしかできず、次第に早く解放されたいという思いが強くなってきた。
元気なおばあさんは好きだ。この人も好きなタイプだと思うが、これ以上は隼人を待たせてしまう。適当なタイミングで逃げなければ。
「はぁ、それは大変でしたね」
「そうなのよぉ! それでね……」
「あ、すみません。彼氏を待たせているので……」
「あらごめんなさいね! ついつい話し込んじゃうの、悪い癖なのよぉ」
「また今度聞かせてください」
「ええ、ええ。それじゃあ引き止めて悪いわね! またね!」
元気なおばあさんと分かれ、改めて萩野家のインターホンを鳴らす。すると、隼人の母親が出てきて「見てたわよぉ」と笑いながら言ってきた。話を聞くと、どうやら彼女も引っ越し当日にあのおばあさんに捕まり、二時間も立ち話をしてしまったらしい。お互い時間があったから長く世間話をしたのだが、二時間も話したのに相手はまだまだ話し足りないという様子だった。
「でもああいう人、好きなのよね。元気もらえて」
「ああ、それは分かります」
「たぶん、ここに来る度に話しかけられると思うけどね」
時間に余裕があれば話し相手になっても良いが、毎回話しかけられるのは大変だ。でも、人間的に好ましいタイプだから突き放すような真似はできない。この気持ちは――ええと、確か『愛』を知るために辞書を開いた時に該当する言葉を見つけたような。
そうだ、隣人愛だ。身近な人々に対する『愛』という意味だったはず。知り合って間もないが、あのおばあさんに対する感情はこれだと思う。
この世は色々な『愛』に満ちている。そろそろ良い作品が出来そうな気がする。久しぶりにアイデアを捻り出して見ようか。
「愛奈さんお待たせ!」
デートが終わったら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。