第17話尽かしきれない愛想
「愛十さんと喧嘩しちゃった~!」
わぁっと泣き崩れた佳代にかける言葉が見つからない。今にも泣きそうな顔でマンションを訪ねてきた佳代を招き入れ、どうしたのかと聞くとこうだ。床の掃除が面倒だなと考える、まったくもって思いやりがない自分をいったん脇に置いて、丸くなっている佳代の背中を撫でて優しい義妹を演じる。
「何が原因でそうなったの?」
「うぅっ……グスッ、うぇ、ぇっとね……」
「ゆっくりで良いからね」
ホットミルクを淹れて話し始めるまで待つ。半分くらい飲んだところで佳代はポツポツと何があったのかを語りだした。
「最初はほんとに些細なことだったんです……。愛十さんと最近オープンしたお店に行ったんですが、私の買い物が長くなって――遅いって言われたんです。いつもなら受け流すんですが、これより前に立ち寄ったプラモデルを売ってるお店で、愛十さんは一時間以上滞在したんですよ! 私の買い物は四十分だったんです! なのにイライラしたように遅いって……自分のことは棚に上げて……!」
怒りの感情が湧き上がり、再び目に涙が溜まっていく。なんていうか、男女によくある喧嘩だなというのが正直な感想だ。しかしこれぐらいの喧嘩ならそれほど深刻にならず解決できるだろう。
「でも……それでも……愛想が尽きたなんてことはないんです。見限っても良いはずなのに……」
それほど愛しているんだろう。
「愛十さんには嫌われたんだろうなぁ……」
もうすぐかな。
「離婚届渡されたらどうしよう……」
ドタドタと階段を駆け上がる音がする。他の住人に迷惑だから止めなさい。
ガチャガチャガチャ!
「まずはインターホンを鳴らしなさいよ……」
「佳代は!」
「はいはい、そこにいるから引き取ってって」
息を切らしている愛十に佳代を押し付けてマンションから追い出す。何事かとドアの隙間から覗いていた住民に愛想よく「何でもありませんよ」とにこやかに応対する。
これからあの兄夫婦は謝りあい、話し合いをするのだろう。明日には元通りになっているはずだ。それにしてもあの二人はよく東京まで来る。京都から東京まで、そんなに気軽に来れる距離だろうか。やろうと思えばできるけど面倒だし、何よりお金がかかる。いっそのこと東京に引っ越せば良いのに。
冷めたホットミルクを飲み干し、ノートにさっきの出来事を書く。そういえば隼人とは喧嘩したことがない。ちょっとした言い争いもないはずだ。仲が良い証拠だが、本当に分かり合うにはまだ足りない。いつか、意見がぶつかった時にはもっと彼のことが理解できるはずだ。愛奈はそんな日が来るのを楽しみに、さらさらと鉛筆を滑らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。