第5話愛着は持っている

 愛奈は『愛』がわからない。それを教えてくれる親は生まれてすぐに他界したからだ。

 そんな愛奈でも『愛』を見つけることが出来た。愛奈の『愛』を一身に受けたもの、それは――巨大なクマのぬいぐるみだ。

 このぬいぐるみは愛奈と愛十が預けられた施設に送られたもので、他にもネコやイヌなどたくさんの種類があった。愛奈は一目でクマのぬいぐるみの虜になった。

 なにがなんでも欲しい。ぬいぐるみはゲームで早く上がった順に好きなものを貰えた。うかうかしていたら誰かに取られる。ぬいぐるみは施設にいる子供達全員に与えられるが種類は選べない。目指すはただ一つ、確実に手に入れるために一番乗りをキメる。

 勝負の相手は施設で働く若い女性スタッフだ。彼女とじゃんけんをして負けた人は座り、勝った人とあいこの人が生き残る。それを最後の一人が決まるまで繰り返すのだ。


「じゃーんけーんポン!……それじゃあグーの人は座ってねー」


 愛奈は運よく最後の二人まで生き残ることが出来た。どちらかが勝者になる。ここで負ければまた一からやり直しだ。このゲームは公平を期すために一度リセットされる。絶対に、負けられない。

 愛奈と共に残ったのは愛十だ。いくら双子の兄でも譲れない。むしろ双子だからこそ同じぬいぐるみを狙っている可能性がある。


「……よし、それじゃー行くよー。じゃーんけーん……」


 ポン!


 スタッフの声と同時に腕を高く突き上げる。この女性はチョキを出す確率が高い。今回もチョキを出すかと思ったが、じゃんけんを始める前に一瞬だけ自分の手を見た。もしかしたら自分の癖に気付いたかもしれない。

 そうだとしたらグーを出すと負ける。愛奈は自分が見たものを信じて、パーを天に掲げた。


「愛奈ちゃんおめでとう! さ、好きなの選んで」


 信じて良かった。子供ながらに考えた結果、愛奈は見事一抜けを果たした。

 自分よりも頭一つ分大きいクマのぬいぐるみ。ギュッと抱きしめてもびくともしない力強さは、覚えがない父親を彷彿させる。

 その後、愛十がぬいぐるみを手に入れるまで一緒にじゃんけんの様子を眺めていた。ちなみに愛十はクマのぬいぐるみではなく、一番小さい鳥のぬいぐるみが欲しかったらしい。残念ながら他の子に取られてしまったが。

 それから、クマのぬいぐるみはいつでも一緒だった。もちろん今も大事に手入れをしている。ちょっとだけ黒ずんでしまったが、何十年も前のぬいぐるみにしては綺麗な方だろう。


「なんだ私にもあるじゃん、愛」


 小さくなったぬいぐるみの後頭部を優しく撫でる。一歩、『愛』を知ることが出来た気がした。

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