第3話自分を愛しているかと問われれば

 東京に戻って愛について考える。ノートには兄夫婦の愛が書かれているが、恋愛経験がないからかいまいちピンとこない。

 ヒントを探してテレビを点ける。こういう時は一人で悩んでいるより、情報を集める方が良い。映し出されたのは白衣を着た女性が何かを解説している番組だった。


「というわけで、幸せになるためには自分を愛しましょう。愛は心が満たされます。視聴者の皆さんも紹介したことを実践して自分の人生を愛に満ち溢れたものにしてください」

「先生、ありがとうございます。それではまた来週お会いしましょう!」


 司会者の男性がカメラに目を向けて手を振る。終の文字が出てコマーシャルが流れる。番組の内容はまったくわからなかったが、愛について語っていたのは間違いない。もう少し早く電源ボタンを押していたらと後悔したが、


「あ、そうか自己愛……これなら考えられそう」


 最後に白衣の女性が言っていた「自分を愛しましょう」という言葉がヒントになった。そうだ、愛はなにも恋愛だけではない。自己愛だって立派な愛じゃないか。

 愛せているだろうか。自分に問いかける。少なくともちゃんと食事をして、決まった時間に寝ているから傷つけるようなことはしていないはずだ。最近噂に聞くセルフネグレクトとは程遠い。

 しかし、愛していると思ったはない。当たり前のことをしているだけだから。ナルシストなら愛していると言えるだろうけど。


「んー……ネットで調べてみるか」


 困った時のインターネットだ。昔はいつでも世界中の人と繋がれるなんて考えたこともなかった。それが今や欠かすことが出来ない存在になっている。ホットミルクを作ってパソコンの電源ボタンを押す。


「えーと……自己愛性パーソナリティ障害しか出てこない……」


 自己愛で調べると自己愛性パーソナリティ障害の項目しか表示されなかった。一応読んでみるが求めていた答えはなかったので早々にブラウザバックした。

 言葉を変えて検索してみても出てくるのは『自分を好きなるには』や『自分を愛する10の方法』など、本当に効果があるのかと疑問に思うような対処法ばかりだ。


「みんな自分を愛せなくて悩んでるのかな?」


 何ページも似たようなタイトルが出てくるとなんだか心配になってくる。その後、結局満足のいく回答は得られず一日が終わってしまった。

 愛奈が出した結論は『自分のことは愛してないけど、まったく愛していないわけじゃない』というものだった。微妙な感情なのだ。自分に対して愛情を感じていないが、だからといってどうでもいいわけでもない。

 もしかしたら誰も答えに辿り着けていないんじゃないか。検索サジェストに表示されている『自分を愛するとは』を眺めながら、愛奈はすっかり冷たくなったホットミルクを飲み干した。

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