1.3『名前』

それからどれくらいたったのだろう。

一方的にしゃべり続ける小さいものに、彼は戸惑とまどいながらも、頷き返す。

少しぎこちなくはあるが、二人はすっかり仲良くなっていた。


「おれの名前は『芙蓉ふよう』。秋に咲く花の名前なんだって。まぁ、女の子みたいだけどね…」

ちょっと照れたように笑う芙蓉は、まだやっつだといった。

『名前』とは、人々が自分を呼ぶときの言葉だと教えられ、

「ワザワイ」

というと、ケタケタと笑われてしまった。

「それは名前じゃないよ」

いまだ、笑いがこらえきれないまま、芙蓉は格子越こうしごしに手を伸ばす。

人とまともに触れ合ったことのない彼には、伸ばされた手の意味など、分からない。戸惑とまどっていると、袖を引っ張られ、ぎゅっと手を握られた。彼はひどく迷いながらも、芙蓉の小さな手を握り返した。


しかし、その彼の手は少し震えている。


芙蓉はそんな彼がおかしいのか、ぷっと吹き出してから手を放す。そして、ちょっといたずらっぽく笑って首を傾げた。

「何?名前ないの?」

なおも問いかけられ、彼は困ってしまう。今まで彼にそんなことをいう者はいなかった。


自分の年齢を知らないことや、名を持たないこと。それを変だと芙蓉は指摘してきする。彼はそのたびに首をかしげ、またそのたびに、芙蓉に笑われた。

そんなたわいもないおしゃべりでさえ、彼にとっては初めてで、くすぐったい。


たった、やっつの幼い少年に、とおは過ぎているだろう彼が、すっかりいいように扱われ、戸惑うばかりだ。


よって、くすくすと笑いながら、

「じゃぁ、おれが名前つけてやるよ。兄ちゃん、『鬼もどき』だから、『もどき』な」

と、言われた時も、少々引っかかる気がしたが、おとなしくうなずくしかなかった。


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