1.2出逢い

それが変わったのはいつだったか。

とても明るい夜だった。

ふと、物音がしたような気がして、彼は窓のほうを見やった。


そして、窓の近くまで枝を伸ばす木の上に、彼は見たこともないものを見た。

彼を殴りつける男どもでもない、彼をまるで汚いものでも見るかのように食事を運んでくる女どもでもない。ひどく小さい、見知らぬもの。


「あんたが、鬼?」

それは、ひどく不思議そうに首をかしげた。

彼に向けられたことのない、表情と態度。

好意的なものとは言えないかもしれないかもしれないが、彼を嫌悪している風でもない。

そんな風に話しかけられるのは、初めてで、彼はひどく戸惑った。


「鬼?」

ただ、『鬼』と呼ばれて、彼は長老たちが自分をののしるときの言葉を思い出していた。

「うん。ここにいるのは、村の女たちを連れ去り、子供たちを食らう、恐い鬼なんだって。あんたのことだろ?」

投げかけられる言葉は、彼には理解できなかったが、何か、違うような気がした。

しかし、それを伝えるすべを、彼は……、持たない。


「う……」

押し黙る彼に、小さいものはさらに言った。

「でも全然怖くないな、あんた。風を操り、わざわいを呼ぶ鬼なんていうから、どんなものかと思ったら、子供なんじゃん。びくびくして損しちゃったよ」

そう言って無邪気に笑う小さいものは、優しくて、彼はさらに戸惑ってしまった。


まっすぐに彼を見据みすえる視線。

窓の格子こうしの間から、彼を殴るためではなく、ただ触れるために伸ばされる手。少しためらうような動きを見せた後、それは彼のほおや、まぶたに触れた。

「月に反射してきれい……。金色の瞳なんて初めて見た。でも、髪はおれ達と同じで黒いんだな」

まるでいたずらするかのように、彼の腰まで伸ばされた髪に触れ、去ってゆくその手。

安心したような笑み。

『同じ』という言葉。


すべてが初めてだった。


彼を初めて、『同じもの』と認めてくれた人間。

彼は、目の前で優しく微笑む小さいものを、ただ、不思議そうに見つめた。


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