1.1彼のすべて

物心ついたときには、そこにいた。

村はずれの、今は使われていない廃寺はいじの一室。

日に二度、食事が運び込まれる以外は、彼のもとを訪れるものは滅多にない。その滅多にない客も、大概は彼を殴りつける男どもだった。そうでなければ、彼を口汚くののしり、さげすむ長老くらいだろうか。

長老は、彼を殴ることはなかったが、彼を『わざわい』と呼び、彼の『力』を使うよう、強制した。


彼の『力』……


それは、いつからか使えるようになったものだ。

風の声を聴き、風を従える不思議な力……。

彼はその力で雲を呼び、幾度も村に雨の恵みをもたらした。それ故、彼は殺されずとも、閉じ込められ、外に出ることもかなわない。


しかし、彼はなぜこのような扱いを受けるのか、知らない。というよりは、この扱いがひどいものだということすら、知らなかったのだ。

ただ、彼が知っているのは、殴られ、引き回される苦痛と、夜が更け、時がたつと現れる、白く輝く、美しいもの。

きしみ、痛む身体を、癒すかのように、優しく照らす、暗闇に浮かび上がる美しいもの……


ただ、それのみだ。


彼は、度重なる苦痛と、小さな格子窓越しに映る、切り取られた小さな風景しか知らない。それが彼に与えられたもの、彼のすべてだった。

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