9

 海岸には雨が降っていた。少し前、水平線のあたりでもくもくと涌いていた真っ黒な雲は、みるみるうちにこちらに近づいてきて、空いっぱいに広がり、あっという間に土砂降りになって僕に降り注いだのだった。

 僕はその雨の中をただ歩いた。雨宿りができそうな建物はおろか、背の高い木さえない海岸と野原。隠れるもののないこの場所であったが、――しかしむしろそれならばきっぱりと諦めがつき、僕は、濡れるままにまかせ、この砂浜をどこまでも歩いていこうと思ったのだった。

 海の波は荒く、それを見ている僕の心も荒れるなら、波ますます荒く、――危うくそのまま海の中にさらわれてしまいそうになることも一度や二度ではなかったが、それでも僕は砂浜を歩き続けていたのだった。

 黒雲は空いっぱいに広がりぐるぐるとまわっていた。波は次々に陸に打ち寄せて来て、――自然は一時も同じ姿では無かったけれど、かえって、そのせいで、それは同じ物に感じられた。変化し続けるが変わらない、一なるもの、普遍物が目の前にあるのだと感じられた。

 僕は、ずっと同じ物——変化——を見つめながら、雨の中を歩いた。僕は、降りしきる雨に、頭の上からバケツの水をかぶったかのようにびしょぬれになりながら歩いた。

 顔を流れる雨水に、僕が流す涙が隠れた。だから、僕は、しばらく自分が泣いているのにも気づかなかったのだが、嗚咽して、しゃっくりをして、

「ああ、泣きたい時は泣けばいいよ――君はカッコつけすぎだ。この雨は良い隠れ蓑だよ」

 雨音にまるで消されることもない、例の声にそう言われて気づいた。

 僕は、自分が今、心のままま、――荒れた気持ちをそのままに、隠さずに見つめ、悲しんでいるのに気づいたのだった。

 僕は流れるままに涙を流していた。

 雨はとめどもなく降り続けた。

 涙は際限なくいくらでも湧き出て来た。雨はいくら降っても降ってもさらに降り続けた。僕は空に向かって吠えていた。

 雷が鳴った。空が僕に向かって叫び声を返した。荒れた心は、荒れた天気の中で、さらに荒れ、その連鎖はいつまでも続くかに思えた。

 しかし、

「ああ、世の中に永遠なんてないよ。永遠なのは、永遠そのものだけで、それは結局人間にはあまりに遠いものなのさ。人間は永遠を感じられても、永遠にはなれないのさ」

 声に言われ、僕は気づいた。

 いつの間にか砂浜が終わり、目の前には岩場と、その先の崖があった。

 気づけば涙は枯れ、雨は止んでいた。

 そして、

「後ろを見なよ」

 声の言うままに、振り返れば、空の雲が風に流されて、その隙間から漏れる太陽の光が、砂浜のあちらこちらをスポットライトのように強く照らしていたのだった。

 その光に照らされて、

 僕は、

 砂浜に立つ、

 ——僕自身を見るのだった。

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