つま菊
狐
第1話
コンベアに流れるパック詰めされた刺身はどれも冷凍されていて、俺は乾いたその表面に無心で菊の花を並べ続ける。黙々と、ただ時間が過ぎるままに、思考を停止して。
視線の先にある時計の針は、ぴくりとも動かない。むしろ逆回転してバイト時間を伸ばそうとしているのか、と考えるほどだ。細かい動きの単純作業は、それほど辛い。
この菊は『つま菊』というらしい。俺はずっとたんぽぽだと思って生きてきた。本来は花びらを細かくちぎって醤油に散らしたり、殺菌作用を期待してそのまま食べるのが正しいらしい。
今流れている刺身の上に乗るのは、よく似たプラスチックだ。食べることはできない、彩りだけの存在。あっても無くてもそう変わらないような、ただの飾りだ。
上司に理由を聞いた。コストカットと見栄えの両立らしい。本来のつま菊は値段が高く、こんな安物の刺身に使うのは勿体ない、と言うのだ。
コストカット、見栄え。俺は妙な焦りを覚えている。
食品加工場のバイトに集まる人は日に日に減っていた。単調な作業だし、ストレスを溜めるのも納得できる。どうせ短期のバイトだ。給料を貰えば、皆この職種からは離れていった。
何故この仕事に人を割いているのか? ロボットを導入すれば、無駄な人件費は浮かせられるはずだ。俺は並べているつま菊の花びらを見つめ、ある答えを想像する。
これが、見栄えなのだ。経営者は、ロボットが四六時中稼働している工場よりも、ある程度人間がいる現場を良しとしているのではないか?
プラスチックのつま菊。いつか不要とされる、形だけの飾り。それはこの工場以外にも、様々な現場で起こるかもしれない。現に、キツい仕事をロボットが代用する社会はすぐ近くまで迫っているのだ。
俺は黙々と単純作業をこなしながら、肯定とも否定とも言えない感情に耳を傾ける。別になくなっても困りはしないが、他の仕事を探すのも面倒くさい。結局のところ、俺もこのバイトをつま菊と同一視しているのかもしれない。
終業時間と共に、コンベアが止まる。俺は作業服を脱ぎ、エアシャワーを浴びた。
つま菊 狐 @fox_0829
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