第131話 この涙は知っている
入院していた陽子さん。
家族以外面会謝絶で、特例として日高先生だけが、見舞いに行けるらしい。
僕は待つしかなかった。
退院すると、
「ごめんなさい」
陽子さんが僕……『春人=アンデルス』に謝ってきた。
……?
「心配掛けたことも。これからのことも」
…………?
よくわからない。
「ごめん……ごめんなさい……」
落ち着いて……大丈夫……。
僕は……怒ったりしない。
「私の……春人への恋慕は、お兄ちゃんを追い詰める……」
そっか。
シスコン。
シンタックスコンプリート。
アレを読めば、烏丸先生の妹への思いは幾らでも察知出来る。
つまり烏丸先生には、陽子が必要なのだろう。
それもかなりの重度で。
「だからごめんなさい……」
別れるの……?
「お兄ちゃん優先で、それでも私に愛想を尽かさないなら、恋人でいて欲しいよ」
なら大丈夫。
僕も陽子さんが好きだ。
「陽子」
……?
「さん、は要らない。陽子って呼び捨てて」
えと……その……、
「……………………陽子……?」
「宜しい」
宜しかったらしい。
「可愛い春人」
陽子の破顔は愛らしい。
その破壊力に、当人は気付いているだろうか。
何時だって、日の光のように、あらゆる悲しみを溶かしてしまう。
陽子……か。
何かと思わせる名前の暖かさは……あまりに貴重で、何より優しく、肌触れ合う体温のように安心させてくれる。
ホロリと涙が伝い落ちる。
「ごめ……なさい……不誠実で」
この涙は知っている。
陽子は人を想って泣ける。
何時だって。
何処だって。
きっと今回もその一環だ。
自殺未遂までもが、きっと生きることが辛いとか、死に幻想を求めるとか、そう言う事じゃなくて。
ただ単純に、人を想ったが故の行為なのだろう。
僕のせいか。
烏丸先生のせいか。
そこは議論の余地が内在せれども。
でも好き。
春人=アンデルスは有栖川陽子が好き。
ぶっきらぼうなところ。
皮肉屋なところ。
けど優しいところ。
他者のために必死になれるところ。
僕を見つけてくれたところ。
まだまだある。
後付けでの理由に、意味は無いかも知れないけど、春人=アンデルスは、有栖川陽子に恋をしている。
それだけは誓って本当だった。
――大丈夫?
「大丈夫ですよ。私は何時だって元気が取り柄ですから」
自殺未遂が何かを言っている。
けれど責める気にはなれなかった。
きっと心を痛めているだろうから。
同情もあるだろう。
憐憫もあるだろう。
感情移入も、不幸への酔いしれも……無いとは言えないはずだ。
それでも一人ぼっちだった僕を見つけてくれた陽子を、僕は評価したい。
不幸ぶっているだけの僕に、真摯に応対してくれた人よ。
不幸を売り物にして、捻くれるだけだった……あまりに子どもな僕に手を差しのばしてくれた人よ。
その魂の尊さに敬意を。
その心の有り様に花束を。
薔薇で良かったかな……?
「素敵ね」
陽子ほどじゃないよ。
花すら道を譲る可憐さだ。
茶髪が嫌味ではなく。
彫刻家でも再現出来ない御尊貌は究極で。
とても評論に適わない。
あえて表現するなら、
「世界一可愛い」
そんなチープな処に落ち着く。
「呆れないの?」
陽子が、他者のために心を痛める人間なのは重々承知してるからね。
「然程大層な人間じゃないけど」
ご謙遜。
いや、本当に。
だから待つよ……。
陽子が、しがらみに決着を付けて、僕に振り向いて貰える日を、指折り数えようと想う。
「ウザくない?」
本当にそうなら、既に見捨てている。
「良い男の子だね。妊娠しそう」
それはまた何と言って良いのやら。
けど両親が死んで、他者を想い、自撮りで呟いて、大人にエッチな目で見られて、寂しさを紛らわせていた僕にとって、陽子は天使だ。
この星から悲しみを打ち消すだけの、奇蹟体現者なのだ。
なら信じてみよう。
陽子が「春人を好きだ」と言ったのは、確かに事実なのだから。
Fin
※――――――――※
これにて『このたび私は陰キャデビューします。~ギャルを辞めてモブでいこう~』は完結です。ここまで読んでくださった読者の皆様方。ありがとうございます。人気そのものは伸びませんでしたけど、だからこそ応援してくださる読者様のリアクションが励みになったと言いますか。謝辞という形で全身全霊の「多謝」で締めくくらせて貰います。
追記――別の作品で出会ったら、その時はよろしく御願いします。ノシ
このたび私は陰キャデビューします ~ギャルを辞めてモブでいこう~ 揚羽常時 @fightmind
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