第130話 自分勝手


 目を覚ました。


 白い場所だった。白い壁。白い床。白い天井。白いカーテン。白いベッドに、白い布団。


 周りを確認すると、


「おや、起きられましたか」


 凜ちゃんが視界に映った。


「えーと……え……?」


 死後の世界?


「覚えておられませんか?」


「自殺した……よね? ですよね?」


 ズキッと首に痛みが発生した。ナイフによる傷だ。それは直感的に覚れた。覚らざるを得なかった……と言うべきか。


 とすると……まさか……。


「未遂で済みましたよ」


「自殺未遂」


「はい」


 可憐に頷かれる。


 確かにコレは、凜ちゃんだ。華やかな微笑は、この血生臭い現実からあまりに乖離しすぎている。どこまでイケメンだ……此奴は。


「先生」


 凜ちゃんが、お兄ちゃんを起こす。


 ベッドに突っ伏して、お兄ちゃんは寝ていた。


「心配してたんですよ。先生も。拙も」


「生きてるの?」


「こうして話しているでしょう?」


「……………………」


 そうだけど。


 九死に一生を得たわけだ。別に殺してくれて良かったんだけど……そこら辺は後刻応相談か。


「しばらく入院ですけどね」


「血が足りない?」


「いえ。心の問題です」


「私は普通ですよ?」


 一般ピーポー。ことさらに何があるでもない。ほぼほぼ平均値に近い……何処にでも居る女子高生。


「普通の人は、自殺なんてしませんよ」


「むぅ」


「ましてそれが先生や春人のためなんて」


「だって私が邪魔だから……っ」


「在る意味で」


 コツンと、ミザリーの本で頭を叩かれる。


「陽子さんが一番狂っているわけです」


「そっかな?」


 その辺の自覚無いんだけど。だって邪魔なら死ぬしかないじゃん。私はお兄ちゃんや春人のように心に傷を持っていない。むしろ安寧側の人間だ。だからこそ傷を負った人間に対する不誠実なのだから。


「在る意味で我が儘体質ですね」


「自分勝手?」


「そう評せも出来ましょうぞ」


 そしてまたミザリーを読み出す。


「陽子!」


 代わりに起床したお兄ちゃんが私と目を合わせる。


「陽子!」


 ジャンピングハグ。


 抱きしめられる。


 とは言っても、ベッドでのこと。


「そういうことはモーテルで」


「陽子! 陽子! 陽子!」


「痛いです。お兄ちゃん……」


「俺も痛かった!」


「ごめんなさい」


「お前に死なれたら、俺は謝ることも出来ないじゃないか!」


「こっちは謝ることだらけですけど」


「そんなことない!」


「ありますよ」


「無いんだよ!」


 力尽くで論じられる。説き伏せる……とはまた違うけど、伏せられ気味なのは否定も出来ないかな?


「すまん!」


「何に対して?」


「俺……自分のことばっかりだった!」


「誰だってそうでしょう?」


「違う! 我が儘が過ぎた!」


「お兄ちゃん……」


「陽子を離したくなくて、自分だけの物にしたくて、お前を追い詰めた!」


「私の責任です」


「俺の責任だ!」


 平行線。


「じゃあどうするんです?」


 春人を認めると?


「陽子が俺を……命を賭けて想ってくれたことは十二分に思い知ったから」


「傍に居ますよ?」


「だから卒業まで待ってくれ」


「卒業……?」


「俺が『陽子を卒業する』まで、傍にいてくれ!」


「幾らでも」


「俺には陽子が必要だ。でも一生は賭けなくて良い! そのままでいいんだ! 小鳥が巣立つように……俺の弱い心が陽子を必要としなくなったら、その時は卒業するから!」


「ああ……そういう……」


「だからソレまでは……弱い俺を守ってくれ」


「言われるまでもありません」


「死なないでくれ……お願いだから……」


「私がいなくなっても……卒業は出来ますよ……」


「きっと俺から離れた陽子を笑い飛ばせる日が来るから……だから自分を諦めないでくれ」


 自分勝手。


 私も。お兄ちゃんも。


 あるいはコレを狂っているというのか。


「陽子……陽子ぉ……」


 ギュッと抱きしめられる。


 生きていることの祝福よ。


 まだ私は死ぬべきで無いらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る