第129話 無題
「死とは何か?」
私の命題だった。
死ぬこと。
心臓が止まる。病気になる。ガンを患う。脳死する。自殺。
確かにどれも『死』だ。
弾道力学なんて学問もある。人殺しが、人の技術革新を促した。
剣もそうだし銃もそう。ネットワークすらそうだ。インターネットも戦争の産物。
…………例外も……飛行機とかはあるにしても。
閑話休題。
――じゃあ私にとっての死は?
お兄ちゃんの死を身近に感じて、少し想う。
死ねば救われない。
禍根を遺す。
ああ。
けれど私はソレを為した。
死んだ。
……………………死んだのだ。
いっそ回想は穏やかだった。
お兄ちゃんも壊れている。
春人だって。
でも、多分、「一番壊れているのは私かも知れない」……そんなことだって思ってしまう。何せ私はお兄ちゃんが生きてくれなければ自分も生きていけない臆病者だ。自己に安易な解決を求めるが故に、お兄ちゃんをその身で縛った。罪悪……と云う言葉がとても良く似合う。
だから自殺なんて安易な方法を採れた。
それが善か悪か。
ジャッジは出来ないけども。
繰り返す。
「死とは何か?」
何をすれば人は死ぬのだろう。記憶の中で生きているなら、それは傍に居ることになれるのか? 誰しもが想像して、けれど想像の利かない領域。
救われること?
解き放たれること?
卒業すること?
ああ、でも。
「お墓の前で……泣かないで欲しい……」
少し、そう思う。
結局私は灰になって、骨が残り、墓に放逐される。
私はソレで救われるけど、お兄ちゃんも、春人も、そうだといいな……。いや、そうであるべき故に、私は死んだのだった。私に囚われなくて良いように。私なんかが松葉杖の代わりとならないように。
私を燃やした煙は、粒子となって天に昇る。
その粒子を核に水が結晶化し、雪になる。
なら死は死じゃない。
お兄ちゃんが感傷する限りにおいては。
春人が過去を思い出す限りにおいては。
誰かの古傷が、私を生かす。
無にならないなら、生きていた価値は在る。
そんな救いを、感じてしまう。
死んでから、そんなことを思うなんて。
もうちょっと早く気付けば良かった。
「陽子……!」
「陽子さん……!」
幻聴が聞こえる。
死んだ私には聞こえないはずの声。
――私に縛られないで。
それが命題。
――そのためなら私の命程度、幾らでも使い潰す。
そんな覚悟。
要するに世界にとって私は邪魔だった。足を引っ張る存在でしかなかった。精神を誰より病んでいるのはお兄ちゃんでも春人でもなく、二人を私に縛り付けようとした私自身なのだろう。
甘えているとも言える。つまるところ「問題を集約するならば?」……とのテーゼを提起するならば。
結局、私は私でしかなく、
「ああ」
安寧を良しとするのは、コーヒータイムのようで。コカインの名前が入った飲料メーカーのコーヒーの味。凜ちゃんのピアノの音。それらが味わえないのは……ちょっとだけ勿体ない。
何より少し、懸念を表明する。
お兄ちゃんと春人……それから凜ちゃんと五十鈴には傷を残す。
責任は私にある。
だから自殺した。
在る意味で因果応報。私が私である時点で、存在してはならないモノだった。凜ちゃんの方がもっと上手くやれる。
感傷に浸られれば、それ以上は無いけど、
「悲しみの記憶か」
其処が少し、不安だった。
もとよりトラウマ持ちの皆々だ。
私が積極的に挙手したのは、確かに暴挙だろう。
けど、しがらみ自体はコレで潰える。
なら良かった。
生まれた事が罪なら、死ぬことが贖罪。
――死んで良かった。
そう思えるなら、人生は上々だ。
きっと私は地獄に落ちる。
なら贖罪しよう。
死んで尚。
死んで更に。
死んで、それ故に。
私は生きた罪と死んだ罪とを背負って…………そこから更に果てに至る。眠ることの夢の残滓。
ところで――、
「あなたは誰?」
それだけが、私にはわからなかった。
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